Vol.11
博報堂/クリエイティブディレクター
宮原 広志
あの人のノート、いったい何が書かれているのだろう?
世を騒がせるクリエイターの思考法をのぞき見したい。
今回は、2025年度ACC賞ブランデッド・コミュニケーション部門Aカテゴリー(プロモーション/アクティベーション)で「総務大臣賞/ACCグランプリ」を受賞した「金龍製麺/道頓堀 金龍のしっぽProject」の仕掛け主、クリエイティブディレクターの宮原広志さんです。その手があったか!でマイナスをプラスにひっくり返すアイデアの数々は、いったいどのように生まれているのでしょうか?編集長の安達が話をお聞きしました。
世の中の「ベストじゃない結末」を
変えるため
ニュース・話題を漏らさない
インプットはXとWebアラート
いいものはすぐに後輩とシェアしてブレスト
―金龍製麺『金龍のしっぽ Project』、海遊館『サンゴショーウィンドウ』、『工事中の閉鎖水槽をメディアに「BLUE SEAT」』、関西のオモロイ情報を発信する『omoroi-being(オモロイ ビーイング)』などユーモアのある企画ばかりを手掛けられています。日々、どんなインプットをしているんですか?
多くの方がやってらっしゃることだと思いますが、Xを常にチェックしています。用途によりアカウントを分けて、「仕事のアウトプットで使えそうなもの」はこっち、「ネタとしておもしろいもの」はこっちと。これにプラスして「この現象に首突っ込めないかな」というトピックをどんどんブックマークしています。
それから、Webのアラート機能に「流行」「話題」という2つのキーワードを入れて追っています。
―実際にブックマークしたトピックスから、首を突っ込むこともあるんですか。
『金龍のしっぽ Project』はそうです。ニュースで見て、Xで様子をうかがって、すぐ後輩に「このニュースおもしろい。撤去じゃなくて“ちょん切った”ということにすればいいのにね」とチャットを送っています。ここでのやりとりが僕の「ノート」になっている。これは、ニュースを見て5秒で思いついたアイデアだったんです。
常に、気になった情報は後輩や同僚とシェアして「こうしてみたらどう」「提案できるかも」とやりとり。半ばノリで、ブレストを日常に浸透させています。というか、そういうことが好きで話しているんですよね。
特に関西は、その街で起こる現象と自分の心理的距離が近い感じがするんです。首を突っ込める気がする。ただ、ここから自主プレゼンして、実施まで至るものはまだ少ないですけれど。
―東京にいたときも自主プレゼンはされていたんですか?
あまりしていなかったです。関西に行ってから、「やらねば」と動き出しました。とはいえ、自主プレゼンばかりやっているわけにはいきませんけれども。海遊館と金龍製麺の企画は自主プレゼンで実現しましたが、ほかにも提案してみたものの採用に至らなかったこともあります。金龍製麺の仕事をきっかけに、そういう動きをもっとしていきたいと改めて思っています。
―どうやってはじめてのクライアントにアプローチしているんですか? 社内の営業を通して?
自分で行きます。問い合わせフォームから企画書を送ったり、人づてにつながりを見つけられればアポをとって、30分だけ時間をいただいてプレゼンするとか。金龍製麺のときはお店に行って企画書を渡しました。
―Webのアラート機能のほうは、どう使うんですか?
キーワードを入力しておくと、そのキーワードが入った記事がまとめて送られてくるんです。頻度が調整できるので、僕は1日に1回、朝に来るようにしています。キーワードは「話題」「流行」「CM」「動画」といったところですが、「話題」が一番いいですね。広告やプロモーションのおもしろい記事、Xでバズったもの、新発売のおいしいコンビニスイーツなんていうニュースまで。何かしら話題になっていることにとにかく触れられる。そこを漏らさずいられるので便利です。
―後輩に話題を振る以外に、ご自身でストックしているネタはありますか。
ブラウザのブックマークフォルダに入れています。自分のチャットに記事のアドレスを貼り付けて、キーワードを入れて送ることもしています。本当は集約して体系的に整理できたらいいんでしょうけど、散らばっていますね。
こうして溜めたものは、ブレストのときに引っ張り出してきます。キーワードを自分で入れておいて、すぐに検索できるようにしているので。
みんなをまとめてトップを目指す!
みんなを笑わせて心動かしたい!な学生時代
―どういう子ども時代を過ごして、今の宮原さんにつながっているのでしょう。
小学生のとき、自分たちでつくったドッジボールチームで全国優勝しているんです。『炎の闘球児 ドッジ弾平』を読んで、小3年の時に「やりたい人―!」と仲間を募って、小6で全国優勝しました。これは成功体験であり、みんなでひとつのものに取り組む根底になったと思います。
―それはすごい! いいコーチが近くにいたんですか?
いえいえ、コーチはチームメイトの保護者です。僕はずっとキャプテンをしていました。強いチームのVTRを見て研究したり、高校球児の部活のように毎日練習をしていました。
家の中では、父にチャップリンの映画ばかり見せられていましたね。幼稚園、小学校低学年で白黒のチャップリンをずっと。コントとしておもしろいですよね。無声映画はわかりやすいし、コメディのおもしろさは今に活かせているかも。親は「テレビばかり見ているのはよくない」という感じでしたけど、その目をかいくぐって『ダウンタウンのごっつええ感じ』も見ていました。
それから、小学校でよくある“班の出し物”が大好きでした。劇をつくって、主役をやって。おもしろいことをして笑ってもらいたくて、気合をいれて取り組んでいました。
―いろいろ、つながっている気がしますね……。そんな子ども時代から、この業界に入ったきっかけは。
まず、ドラマの『ロングバケーション』に憧れていずれ上京したいと考えていました。
そして、なにかものづくりをしたいと思ったんです。おもしろいことで人が笑ったり、チームでひとつのものをつくり上げてアウトプットする原体験が影響しているのかもしれません。さまざま選択肢がある中で、建築はかっこよさそうだなと早稲田大学の建築学科に進みました。
ただ、建築の世界は権威が評価する玄人判断なところもありますよね。それよりも、一般の生活者をどれだけ動かせるかで勝負する世界のほうが、自分には向いていると思ったんです。一度、映像課題があったのですが、みんながアート性の高いものをつくるなかで、自分だけは「その会場で誰よりも沸く、おもしろいものをつくろう」と。
―(笑) チャップリンとごっつええ感じが活きている。
シーンとした空間の中で急にギャグの映像が流れたら、それはみんな笑います。その思い出が大きいですね。これは楽しい、自分のやりたいことはこれだと。
それで、広告会社とテレビ局に就職活動をしました。


