第二十七回 箭内道彦 ✕上田義彦
箭内: 僕、金髪にして今年で24年目なんですけどね。上田さんの事務所を初めて訪ねたとき、まだ髪の毛黒かった頃だなっていうのを思い出しました。
上田: もうそんなになります? でも、よく覚えてます。箭内さんと最初に会ったときすごく細くて、スリムなパンツを履いていて。へんな言い方ですけど、可愛い人だなあと。それが第一印象ですね。
箭内: 確か入社して4年目とか5年目の頃でした。上田さんの写真がとにかく好きで、どんな仕事が来ても「これは上田さんに頼めないかな?」なんてずっと考えてた時期で。で、やっと上田さんにお願いできるということで、かなりドキドキしながら行ったんです。
上田: GODIVAの仕事でしたよね。一回目はテントの中で撮影して。海の近くでアングルを探っていたような記憶もあるけど。
箭内: そうです。海辺でダンスする男女を撮っていただきました。その仕事の途中で元麻布から葉山のほうにオフィスを移されて、打ち合わせにお邪魔するのがすごく楽しくて。
上田: それでね、その仕事が終わって何年かしてスタジオで偶然お会いしたんですよ。そしたら金髪になっていて驚いた。前の記憶とダブらなくて(笑)。
箭内: まあ、今日は長年積もったお話を(笑)。上田さんは広告の仕事はもちろん、活動が多岐に渡ってますよね。先日の小山登美夫ギャラリーでの写真展(「Māter」)も拝見したんですけど、去年は映画(『椿の庭』)を公開されたり、かと思うと多摩美の教授もされていたり。その各方面のお話をうかがってみたいというか。つまり、広告の仕事と作家としての仕事、上田さんはずっと前からどちらかに偏ってしまうこともなく、両者を穏やかに往復してるように感じていて、そこはどう整理されているのか。もしくは、シャッターを押すという意味ではすべて一緒なのか。聞いてみたいと思いまして。
上田: いまおっしゃった「すべて一緒」っていうのが大もとにあると思いますね。僕は二十歳の頃、写真が好きになって、写真をずっと撮れたらいいなと思って有田泰而さんの助手をしていたんですけど、そこを辞めるときに有田さんがひと言、こうおっしゃったんです。「食うために写真やるんじゃねーぞ」って。
そのとき心の底で「食べられなきゃ写真も続けられないだろう…」とちょっと思ったんだけど、有田さんが言おうとしていることの意味は理解できたんです。だから「とにかく写真を好きでいたい」っていう気持ちが中心にあって、「もし自分に広告やエディトリアルの仕事ができなかったとしても構わないや」って思ってたんですよね。
実際だれかに写真を見せるたび、「広告には向いてない」という話をされましたから。僕には広告は無理だなという思いもあったんですけど、だからと言って「作家になろう」っていうふうにも思ってなくて。とにかく暗中模索で、「自分の写真はどんな写真なのか?」ということをやってきたような気がするんです。
箭内: 何がきっかけで広告をやるようになったんですか。
上田: 最初はポツポツとエディトリアルの仕事をするようになって、「流行通信」という雑誌で写真を撮るうちに、「あれ? 違うのかな」って思い始めてね。それはやりたい仕事だったんですけど、僕はファッションを撮るつもりは全然なく、人物を撮っているつもりでいたから「つまらないな」と内心ずっと思っていて。
で、やっぱり自分は人を撮りたいんだということに気づいて、雑誌の仕事は辞め、ポートレートをずっと撮っていたら、葛西薫さんと出会って突然広告をやることになったんです。最初はサントリーのウイスキーの新聞広告(1985年)で、そのときに何の違和感もなかったんですよね。
箭内: 違和感がないというのは?
上田: なんていうのかな? 一番最初に撮ったのは高橋義孝さんという高名なドイツ文学者ですけど、自分が普段自身の作品としてポートレイトを撮っているのと、サントリーの広告で高橋義孝さんを撮ってるときとまったく同じ気持ちで撮れたんです。それがとても楽しかったというのが本当のスタート地点になって、自分の中で広告と作品の“棲み分け”がビシッとあるわけではなく、自分だけじゃ撮れない人にアプローチできることを含めて、広告は面白いっていうふうに思いましたね。
箭内: やっぱり葛西さんの存在は相当大きいんでしょうね。広告の人でありながらも作家って言うんですかね。宝石のような価値を持つものをつくる人が上田義彦という才能を見出したというか。僕も近頃、ある仕事でご一緒してますけど、すごく楽しいです。葛西さんも上田さんもなんですかね? ぱっと見、神様みたいじゃないですか。
上田: 違いますよ(笑)。
箭内: いや、イメージとしての近寄りがたさと、実際ご本人に接したときの赤ちゃんみたいな無邪気さのギャップって言うんですかね。そこがお二人の秘密なんじゃないかなって勝手に読んでるんですけど。そういう上田さんと葛西さんのコンビネーションは気になります。烏龍茶(サントリー)の仕事はずいぶん長く続きましたよね。