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Vol.17

【ネタバレあり】 日本のSFと世界のSF、劉慈欣 『三体』

―日本のSFと海外のSFの違いを教えてください。ドカーンと話がでかいのはアメリカ、とかなにか傾向があるんでしょうか。

ざっくり言うと、アメリカでは宇宙SFの人気が高く、日本ではループものなど時間SFの人気が高いという傾向はあるかもしれません。最先端ではあまり差がないですね。たとえば、映画『メッセージ』*1の原作を書いたテッド・チャンは、中国系アメリカ人で、洗練された現代SFを代表する短編作家ですが、欧米に限らず、日本、中国、韓国など世界じゅうのSF作家からお手本にされています。その結果、書かれるSFにお国柄の差はあんまりない。劉慈欣は、黄金時代のSF、アーサー・C・クラークやアイザック・アシモフや小松左京をお手本にしていて、SF作家としてはオールドスクールに属しています。中国だから、アメリカだからというのは、あんまりないですね。
ただ、マーケットの在り方は全然違います。日本でKindleダイレクト・パブリッシング(自費出版)で食べているSF作家はほとんどいないと思いますが、アメリカでは個人で何万部も売っている人がいる。ミリタリー系の宇宙SFが多くて、この分野は根強い人気がありますね。日本でも翻訳され続けています。

―桜坂洋原作の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』*2、あれは原作の映画化権がアメリカで売れたわけですね。

トム・クルーズ主演で映画化されました。日本のエンターテインメント小説がいきなりハリウッド映画になった、とても珍しいケースです。その後、伊坂幸太郎の『マリアビートル』が『ブレット・トレイン』として映画化されていますが、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』が第一号じゃないでしょうか。ただ、あれが日本の小説だということは国内でほとんど知られていません。あの時もっと大々的なプロモーションをしていれば……、そういう機会損失が多いんです。
今は『三体』が世界的なベストセラーですが、そういうものが日本から生まれていた可能性はいくらでもあります。『三体』以前の中国SFはほとんど英訳されていないけれど、日本SFは何十タイトルも英訳されていますから。たとえば、小松左京の1973年の大ベストセラー『日本沈没』は1976年に英訳されています。ただ、それは分量を3分の1にカットした短縮版で、アメリカではほとんど話題にならなかった。あれだって、“(当時)どんどん力を増している日本が沈む話”として大々的にプロモーションしていれば、すごく売れた可能性もあったと思います。

*1)ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』(原題:Arrival/2016年)は、テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』を原作にしたSF映画。

*2) 監督ダグ・リーマン・主演トム・クルーズのハリウッドSF大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2016年)の原作は、2004年に発表された桜坂洋のライトノベル『All You Need Is Kill』。

『三体』とは? 中國に生き残っていた恐竜

―翻訳を担当された『三体』の話ですが、SFの世界では古典的な設定なんですか?

別の星系から異星人の侵略艦隊が地球に攻めてくるみたいな話ですからね。異星人とのファーストコンタクトものでも、最近のSFでは、映画『メッセージ』の原作のように、個人的なドラマとして描くのが主流で、人間の心の問題にもってくる。量子論などを使ったとしても、結局は認識とか脳の問題に帰着することが多いんです。
宇宙人が2000隻の大艦隊を組んで太陽系に向かってくる『三体』は、もう完全に『宇宙戦艦ヤマト』のガミラス艦隊の世界じゃないですか。今でも宇宙でドンパチする話はあるにはあるけれど、地球を侵略しに来るっていうのはシリアスなSFではほぼ絶滅したような設定で、それを21世紀にやって、大ヒットしたところが面白い。絶滅したと思われていた太古の恐竜が中国には生き残っていた!みたいな話ですよ。

世界累計発行部数2,900万部越えの『三体』シリーズ(早川書房)。
劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)によるSF長編三部作。
劉慈欣は63年、中国・北京生まれ。エンジニアとして発電所に勤める傍ら小説の執筆を始め、
99年に中国のSF雑誌「科幻世界」でデビュー。

―想像を絶するスケールで、しかも人間の本質が描かれていて、エンターテインメントとして本当に面白い。450年後に攻めてくるなんて!

アルファケンタウリって太陽系から一番近い星系なんですけど、加速と減速に時間がかかるので、4.5光年の距離を渡るのに450年ぐらいかかる、という話ですね。面白いのは、でも地球文明はどうもすごい速度で進歩しているらしいから、侵略艦隊が着く頃は科学力が地球のほうが遥かに上になっている可能性がある。だとしたら、到着したとたん、一瞬で撃滅されてしまうかもしれない。だから地球の科学の進化を妨害すべく、光の速さで進む陽子サイズのコンピューターを先に送り込む。それによって起きるさまざまな怪現象が、『三体』の現代パートのネタになる。主人公が『リング』のビデオに呪われたみたいな謎の現象に襲われるんですね。視界に数字が見えてもう頭がおかしくなりそうだ、一体何が起きてるんだっていう。科学では説明できないものが、すべて宇宙人の攻撃だったというオチ。

―物理学者とかどんどん自殺していくので、なんだろうと。それは実は妨害だったと。すごい伏線。

科学の進歩を止めるために、粒子加速器の観測結果を操作して、デタラメな結果が出るようにする。するとあらゆる基礎研究的な実験がうまくいかなくなって、どうなってるんだ!と。

―SFって、綱渡りみたいなところがありますよね。「いや、そんなことあり得ないよね」って一瞬思うんだけど、そこに目をつぶって先を読みたくなる。 

『三体』の特徴は、ほとんど説明しないでどんどん話を進めていくところです。いつの間にか、どうやらそういうことがあったらしい、っていう話にされてる。途中、異星文明が、戦略艦隊が到着するまでに受け入れ態勢を整えようとする。地球側には体制に不満を持つ人々がいっぱいいるらしいと察知して、そいつらを味方にして反地球組織みたいなものをつくって、いろんな工作をやるんですよね。その工作の一つが、VRゲーム。その世界に入ると異星文明の何万年の歴史をキャラクターになりきって体験できる。
とにかく難度が高いとエリート層にだけものすごい浸透したそのゲームの中に主人公も入っていく。そのゲームの中でいろんなことが語られるんですけど。それが勃興しては滅びることを繰り返してきた三体世界の物語で。

―どうやら三体世界には三つの太陽があって…

夜の後に朝が来るとは限らない。夜が3ヶ月、3年続くかもしれないし、太陽が三つ空に出てるときは灼熱地獄が何カ月続くかもしれない。すると文明が滅びるので、地下に潜ったり、脱水をして生き延びる。いろんなネタが全部入っている。

―やっぱり『三体』は傑作ですよね。ここまでの大作がウケた原因はなんでしょう。元々中国で雑誌に連載されていたんですよね。

『科幻世界』というSF専門誌に2006年に連載されたあと単行本になり、その後、第二部『黒暗森林』、第三部『死神永生』が出ました。英訳が三部作累計で100万部を超える大ヒットになったので、日本でもある程度受け入れられるだろうとは思いましたが、予想以上でしたね。アメリカ人からすると、中国に対する興味もあったのでは。中国の人たちが何を考えているかわからないから、SFを通じてならわかるんじゃないかと。日本でも、中国と取引しているビジネスマンが中国人にすすめられて読んだり、技術畑の人が「ハードSFだ!」と飛びついたのもある。それが老若男女問わず広がって。
翻訳もののSF読者は50~60代が多くて高齢化していたのですが、『三体』でずいぶん若い層に広がりました。「初めて読んだSFです」という人も多くて、そういう人にとっては本当にびっくりすることばかりという内容ですね。

―SF小説がコミック化、アニメ化、映画化されていくうちに、主人公など当初のデザインからまったく変わってしまう例もありますね。自分の作品が違うものに転生していくのって、作家からしたらどうなんでしょうか。

それはもうコンテンツが大きくなるときの特徴なんですよ、ガンダムもそうですけど。『三体』だって30年後にはいろいろな人がリニューアルして違うものになっているかもしれない。これからNetflix版のドラマが始まりますね。それに先んじて中国版が放送されました。もう去年アニメ化もされているんです。

―SFは夢がありますね。いろいろなコンテンツが次々に生み出されて、ハリウッド映画になることだってある。

そうですね。『三体』の劉慈欣は山奥の発電所に勤めていたのですが、そこで暇な時間にずっと「宇宙人が攻めてきたら」とか「太陽系が低次元化攻撃にさらされたら」とか考えていたわけです。普通にしゃべったら「なに言ってんだ?」と正気を疑われそうな話を、黙々と書いていた。それが今、こんなことになっているわけですからね。