Vol.15
竹村武司
不定期に年2回ほど制作され、オンエアされるたびにネットで話題になる番組が2018年から続いている。『植物に学ぶ生存戦略 話す人・山田孝之』はNHK Eテレの教育番組でありながら、驚くような内容だ。地上波では見かけない攻めた比喩で視聴者をハラハラさせる。このたび、第7弾が11月15日(火)に放送されることになった。誰が、なぜ、このカルト的なコンテンツを考え出し、どうやって放送までこぎつけたのか?構成・脚本の放送作家 竹村武司さんにお話を伺った。企画発案者のNHKエンタープライズ 荻野太朗エグゼクティブ・プロデューサーにもご同席いただいた。
- [植物に学ぶ生存戦略7 話す人・山田孝之]待望の第7弾! 11/15(火)夜10:45~
- 再放送「オオイヌノフグリ」「カラスウリ」「ハラン」 11/13(日)午後3:30~
『植物に学ぶ』は、先祖返りのパロディ返し
―『植物に学ぶ生存戦略 話す人・山田孝之』(以下『植物に学ぶ』)は、「見たことのないような番組だ」と毎回話題になりますね。私自身も、最初はとても驚きました。植物を擬人化するという手法は誰が考えたのでしょう。MCに山田孝之さんを起用したのは、どういう狙いなのでしょう。
荻野:植物を擬人化して伝えようと、番組を企画したのは私ですが、ギリギリを狙った驚くような比喩表現にしてくれたのは竹村さんです。例えば、ツユクサ。生存戦略を夜の飲み屋で描くアイデアはありましたが、竹村さんは歓楽街のパネルマジックに喩えてくる。偽の花で華やかに見せているウメでは、偽者が混じる7人の山田で描こうとする。カラフルな色で人間を虜にしてきたチューリップでは、北朝鮮のマスゲームに喩えて伝えようとする。こちらの想像をはるかに超えるアイデアで、あのシュールな世界観をつくりあげた。山田孝之さんの起用については、ディレクターの長友祐介氏が名前を挙げました。色っぽい話も出てくる、“大人の植物番組”にするには誰がいいかと話していたら、山田さんが最適なのではないかと。
竹村:僕のところにはまず、山田さんのマネージャーから電話があったんです。「山田がEテレの植物番組に興味を持っている。竹村さんがやるなら自分もやると言っている」とプレッシャーを受けて。まったく植物に興味がなかったのですが、荻野さんとお会いしたら「植物の生き様は人間と同じだ」と。それはおもしろいなと感じました。
「山田孝之」「Eテレ」「植物」「擬人化」と4枚のカードを渡されて、あとはおもしろくしてくださいと、これまたプレッシャーを受けた。でもカードが揃ったと感じました。
どうするかなあと考えてひらめいたのが、『カノッサの屈辱』という番組です。放映当時フジテレビの深夜枠は、テレビ史においても特殊な時代だったと思うんです。5~6年間ほど続いたでしょうか、知的で、バカバカしくて、なによりおもしろかった。その時代の象徴である『カノッサの屈辱』が、アナロジー(類比)で(消費文化史を)説明する手法をとっているんです。難しいことを説明するのに、想定外の例えを使う。とても有効だと感じていたので、あのスタイルをパロディにしようと考えました。そもそも『カノッサの屈辱』自体が、教育テレビの講義スタイル、無味乾燥で地味な講義スタイルをパロディしていたと思うんですよ。それをさらにEテレとなった教育テレビがパロディし返す。連歌みたいなものです。民放でではなく、本家がやることにとても意義があると思いました。ただ、パロディする以上は進化させないとマナー違反。時代性、山田孝之を使った演出やラブストーリーなど、僕なりにレイヤーを足しました。
―山田さんが『A-Studio+』(TBS)に出演した際、「竹村さんは山田孝之の頭脳」とおっしゃっていましたね。山田さんとは以前から一緒に活動されていたんですか?
竹村:もともとは仕事抜きの友だちなんです。同じ業界にいることは知っていて、僕は当時まだ隅の方にいる存在だったのですが、ある時「せっかくだから一緒に何かやりたいね」という話になって。彼は“愉快犯”なんです。そこにイズムがあるのかないのかさえわからない人なんですけど、「世間を驚かせたい」、その点で僕と性質が合いました。
―夜のお姉さんだったりヒモのお兄さんだったり、時に政治家だったり、毎回意表を突くアナロジーはどのように選んでいるのですか。それとも一つだけ思いつくのでしょうか?
竹村:植物のことを全く知らないので、荻野さんたちから毎回講義を受けるんですよ。それを聴きながら、アナロジーは思い浮かべています。「この植物の生存戦略は…」と聞くと、なんとなく「ああいう人と同じだな」と見えてくる。ひとつでもハマるアナロジーを見つければいける。だからそのチャネルで毎回講義を聴いています。
「既存のテレビ番組と真逆を行ってください」
―シリーズを観ていると、林田理沙アナ(聞く人)を誘惑する山田孝之という構図が見えてきて、山田さんは“雄しべ”なんじゃないかと思えてきますね。伏線というより、こっちが主流のエンターテインメントなのでは、とさえ錯覚してしまいます。
竹村:よくお気づきになりましたね。ラブストーリーだと思ってつくっているんです。植物の生存戦略を平たく言うと、“いかにモテるか”なんですよ。MCが植物の生存戦略を再現していたらおもしろいなと。「植物の説明をしながら、自らもそれを利用して聞き役を口説こうとしている」という物語のレイヤーを一枚足して、パロディ返ししているんです。スタッフや演者にはそこは特に説明していませんが、台本からみんなが理解してくれています。
―すごい、指示がないのにチームで共有されているんですね。
岡田将生さんが出た回(「ハラン(妖しく誘惑)」*1 )では、山田さんの声のトーンや態度がいつもより爽やかに見えたのですが、もしかして、林田さんの好みに寄せようと調整しているのかな、と深読みさせる場面がありました。実際はどうだったんでしょうか。
竹村:それは山田さんが、やっている可能性がありますね。僕らにも何も言わずに。何もやっていないように見せて、めちゃくちゃ計算している…そのように見せているだけかもしれない…。山田孝之の魅力はまさにそこで、何も考えていないのか、そう見せているだけなのか、見る人によってまったくイメージが違うんです。そういう芝居を意図しているのかは、誰にもわかりません。
―二人が見つめ合うシーンや、無言のカメラ目線など、“間”がとてつもなく長いですね。台本は一字一句竹村さんが書いているんですか。そういったシュールな演出も、竹村さんのアイデアなんでしょうか?
竹村:はい。台本には「・・・」まで書いて間の指示をしています。演出家の長友さんが非常に優秀で、私のリクエスト「つまらなそうにつくってください」「おもしろそうにしないでください」を理解して体現してくださった。見ている人を不安にさせるような、地味で、色味がなくて、フォントもあえてつまらなくしている。既存のテレビ番組と真逆を行ってくださいとお願いしたんです。なにしろ教育テレビの講義番組が先祖なので。昔の教育テレビをつくっていた人には大変失礼な話ですが、そこのアイデンティティは大事にしました。ただ、中身はおもしろく。
荻野:普段つくっている番組と違いすぎて、途中から不安になりました。“マズイ”と思いました。最初の試写では、まったく面白くなくて、やってしまったと思った。スタッフで悩みました。原因は、「間」を詰めすぎていたことだったと後で気づくんですが、最初は笑い声を足した方がいいだろうか、という話すら出ました。でもそれは違うよねと。逆にクラシックの曲をつけたり、昭和の安っぽいシンセサイザーの音を使ったり。昔の教育番組らしさを、より強く出すことにした。「植物の生態に関してとても緻密につくっているのに、意図的にチープな感じ」を徹底してみたら、「これだ」と、みんなだんだんわかってきて、何回目かの試写では笑い出したんです。不思議な体験をさせてもらいました。
―放送の仕方も不思議ですね。10分番組を3本連続で流しています。そして年に2回しかやらないという…。
竹村:もとは30分枠の番組なんです。でもこれは教育テレビのパロディのパロディですから、10分番組のようにしたいんですよ。それにあのアナロジーは、30分続けて聞いていられないと思うんです。尺感として、10分がちょうどいい。
放送のペースに関しては、僕は別に毎週でもいいんです。でも番組の手触りとして、山田孝之の風貌を含めたシュールで怪しい感じ、いつやるのかわからない神出鬼没の番組というルックがいいなと感じています。幽霊のように「偶然見ちゃったよ」という感じが。
荻野:こういう、ちょっと変な番組が3年も続いているのは、不定期だからかもしれません。
編成から定時番組にできないかという相談もあったのですが、それが難しい事情もありました。当初は、植物の資料映像はすべてアーカイブに頼ればいいと考えていたんです。ところが、最新の学説を取り入れた本格的な生態解説をするために、新たに撮影する必要が出てきた。一見コント仕立てでふざけているように見せているけれど、学者も驚くようなきちんとした内容にしなくてはならない。専門家筋からいろいろ話を聞いて、植物写真家の力を借りて、ひとつの花を撮るために各地を転々としたり。とても時間がかかるので、毎週というわけにはいかないわけです。予算も少ないので少人数でやらざるを得ない。結果的に半年に1度ほどのペースになっています。
―なるほど。幽霊番組に出会ったら、SNSにつぶやきたくなりますよね。
*1 『ハラン(妖しい誘惑)』の回では、番組中山田孝之が、林田アナが“好きな男性タレント”岡田将生に何度も入れ替わるという編集で、“妖しい誘惑”を実演して見せた。