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『ひるね姫~知らないワタシの物語』監督
神山 健治

『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』、『精霊の守り人』、『東のエデン』、『009 RE:CYBORG』など、刺激的な作品を次々に輩出するアニメーション監督、神山健治氏が手掛けた新作『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』(3月公開)は、これまでのSF、ハイファンタジーを封印したフツーの女子高生の物語。その着想はどこから来たのか。公開直前に事務所に監督を訪ねた。

ひるね姫ポスター

「日常」が得難いファンタジーになった

―3月公開の『ひるね姫』は、これまで監督が手掛けてきた超人的な主人公が“地球を救う”映画とは大きく違っていて驚きました。その着想はどこから?

 3.11の震災の時、『攻殻機動隊S.A.C. SSS 3D』を、被災地仙台で上映するために訪れたのですが、その時、地元の人たちを勇気づけたい気持ちと、上映するエンターテインメントとの間に違和感を覚えたんです。
 震災以降、日本の空気は変わりました。それ以前は、日本に生まれただけで世界から見れば幸せで、問題意識を持つべきところは「永遠に続く、何も起きない日常」ということだった。エンターテインメントを作る時は、主人公は何と戦うのかという「敵の発明」があるわけですけど、以前はそれが「何も起きない日常」だった。そこに問題意識を持とうよ、という感覚からそれまでの作品を作っていた部分があります。でも、いざ地震や原発のことが起きると、今は「永遠に続く日常」こそが得難いファンタジーになってしまった。
 
 だとすれば、何を作ればいいのだろうと初めて考えさせられました。今までは「現実に起きている大きな問題点」を取っ掛かりにスタートし、その中から「個人」がどう浮き彫りになって来るかというドラマツルギーで作っていたんですけど、その作劇法では合わないし、自分も興味を持てない。1年くらい考えて、もっと個人の想いに寄った物語を作ってみようと。「個人」を描いていけば最終的に「全体」が見えてくるかも、という発想でした。

精霊の守り人
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX

―今回の映画で言うと、敵の設定は何になるのですか。

 今の若い人たちは大変だとか、格差がある、世代間の断絶があると言われているけれど、実はそれは上の世代が老婆心で言っていることではないか。若い世代からするとそうは思っていないかもしれないのに「かわいそう」「ダメになった」と言われている状況が続いていたと思うんですね。でも、そういう問題とコミットしていない子供たちは、僕らが思うよりずっと幸せなんじゃないかと。自分の娘を見ていても感じるんですが、「不幸だ」と言われる状況の中でも、社会に目を向けず窓を開けていない人たちは幸せに見えるんです。主人公のココネも極端なくらいのんきなんだけど、何も知らずに十分ハッピーです。
 
 ただそういう子たちも、まったく何とも接しないままでいるわけにはいかない。いずれ何かは知っていく。まさにそういう状況の女の子から物語を描き始めて、どういう成長が描けるのか。その子たちが社会とコミットし始めるにはどうすればいいのか。上の世代が逆に断絶している状態をどうすればいいのか。今回は結論を最初に用意していなくて、物語を描いていく中で答えが見えてくるんじゃないかと、そんな作り方をしていきました。

3つの世代がつながる物語

―コミットしていない世代というのはココネの世代(高校生前後)のことでしょうか?

 それくらいということにしたんですけど、最初は中学生ぐらいがいいとも思ったんですよね。ただ、興行的な問題で、中学生が主人公だとヒットしないと言われているそうで。中学生は最も問題意識が芽生えてくる時期なんだけど、通り過ぎてみると最も振り返りたくない時期でもあるのでしょうね。「中二病」なんて言って、最近では転じて肯定的に捉えていますけど、映画の画面の中で中学生だった時の自分を見たくないという心理があるようです。だから高校生にしたんですけど、期せずして今、高校生が主人公の映画が多く作られているようですね。
 
 ちょうど同じような時期に、その辺の人をターゲットにしていこうとみんな考えたんじゃないですかね。自分的にはそれより上だともう震災のことをリアルに知っているし、そこに至る経緯まで知っている。知ってしまった人たちの気持ちはリセットできない。だったら知らない人たちを描いていこうと。勝手な分析ですが、今これだけ高校生の映画だらけなのはなぜかを考えると…。大学生だともうちょっと社会との接点を無視できないけど、高校生ならギリギリ、ピュアな瞬間を描ける。そういうことが、無意識にクリエイター側にあるんじゃないかと思うんです。

― 一番観てほしいのは若い中高生くらいでしょうか。

 そのつもりで作ってるんだけど、作り終えてみるとむしろそうではない人たちの方がわかるだろうという気がします。ココネの世代の視点から物語を作って、世の中や上の世代とどううまく切り結んでいくかということが、この映画で一番描きたかった部分。自分の親にもストーリーはあるんだということです。ただ、描き終えてみると、父親や祖父の世代に改めて、「閉じているのは自分たちかもしれない」と思ってもらいたいところがある。
 
 僕はよくテクノロジーの物語を作ってきましたが、この映画に自動車や東京オリンピックを出しているのは世代を相対化させるための仕掛けであって、味つけでしかないんです。自動車とオリンピックという日本の最たる成功体験を3つの世代がどう見ているかという。テレビがオリンピックを取り上げていても、ココネは一言もそのことに触れてないのは、意図的にそうしているんです。おそらく「成功」と感じていない。なんとしても自動車の生産を、東京オリンピックを成功させたい、それが家族以上に重要なテーマであった祖父。家族のことを考えて全体の中で口をつぐんでいた父。そこには興味がなくコミットしていないココネが、逆流して追体験したら何を思ってくれるのかな、と。
 身も蓋もないことを言えば、相手が大事にしていることなんて他人は知らないわけですよ。それを知ることで、あの3人はつながることができた。今、ネットでつながったり友だちを増やしたり、絶えず会話をしているのが当たり前の中で、果たして本当につながっているのかなと。この作品中でも同じ家にいる親とネットで会話をする描写がありますけど、そんな時代に何をすればつながれるのか、と考えながら作っていました。

成功体験という足枷

 今回は描いてないですが、仕事に対する考え方も変わってきている。労働時間の問題とかね。会社の中でも世代間の齟齬があって、仕事で生活を犠牲にするのが当たり前というカルチャーが残っているでしょう。80年代までに18歳以上だった人には多分ありますよね、24時間働けることがカッコイイという感覚が。でも今の人たちにはその意識はない。上の世代からすると、これは悪意でもなんでもなくて、本気でカッコイイと思っちゃってるから「君たちもやった方がいい」となっちゃう。
 
 そういう表層的な部分でのズレから断絶が起きていて、本質的なパワーにつながっていかない。今の日本が弱い部分。別に全体主義を唱えるつもりはないんだけど、景気の低迷とかそういうのも、みんなが同じ方を見られる手段があれば、もうちょっと団結して力も出せるんじゃないかとかね。そういうメッセージもなんとなく込めたつもりです。上の世代はITが苦手で、あれだけ自動車や電化製品で世界一だったはずなのに、ITに関してまったく遅れちゃっている。
 我々の現場なんかその最先端にいなければならないのに、ソリューションがグダグダで、ソフトを使うのが精いっぱい。そのソフトを使う上での問題点を解決する部署というのが存在すらしていなんですよ。ソフトを作るとか、システムを組みなおすとか、そういうところに行かずにマンパワーでなんとかしようとしている。でも人はいない、その繰り返し。

監督 ヒロイン

―世の中にアニメのコンテンツがものすごく増えていますよね。神山監督がデジタル化を率先して進めているのは人手不足に対応するためですか?

 日本のアニメを作るテクニックやワークフロー、インフラはものすごくシンプルでよくできていたんです。これでたくさんアニメが作れるようになり、海外から注目もされた。ひとつの成功体験ですよね。
 ところが、今度は新しい問題が出てきた時に、解決する人間やセクションを組み込める隙がないんです。それらは、今までアニメ制作に不必要だったモノなんだけど、現在は絶対的に必要な存在。でも、システムがよくできすぎていたために入れられないんですよ。新しい才能でも、それがどう機能するかわからないモノは、とりあえずやめておこうと。完全に機能不全が起きるまで、ソリューション部門を敷設しないという状態。アニメ業界には“この職種”で入ったらもうそれ以外はやらせない。ジョブチェンジは退職する時、というね。成功体験から逃げ出せないという状態が、日本中いろんなところで出てきているんだろうなと思うんです。

東のエデン

 『東のエデン』では、主人公たちがもう上の世代と関わらないという手に出ている。それでどうなるか、というところまではあの作品では描けませんでした。その先を描いてみたいという思いがあります。
 さらに下の世代はもめ事にすら気づいていない。その人たちがもめ事にコミットしたら、どういう解決方法を見出すんだろう。『ひるね姫』ではそんな物語を描いていたんだなと。でき上がって初めて、自分で何を作っていたのかわかる時もあるんですよ。間違いなく、知らないということはハッピーだし、それが強さになる場合もあるんですよね。

―ココネの行動力って、そういうことなんですね。

 ある種、僕が書いてきたヒロインたちとそういうところは変わらない。空を飛んだり人を斬ったりしない。普段は何もしない昼寝が得意な子に描いてますけど、自分の目の前に問題が起きたら、すぐに対応していく。