Hondaグローバル企業広告「MOVE」篇
映さないことで鮮やかに描き出す
前代未聞の表現とその技術
Hondaは、グローバルブランドスローガン「The Power of Dreams」を23年ぶりに再定義し、副文「How we move you.」を加えることを発表しました。この新スローガンに込められた想いを世界に伝えるためのCM「MOVE」篇では、モビリティの存在をあえて消すことで、Hondaが人間の身体性にいかにパワーを与え続けてきたかを表現。でもこれ、どうやって撮影しているの? 職種や会社を越え精鋭クリエイターが集結する「Think & Craft」の藤岡将史さんと中村広美さんにお聞きしました。
藤岡 将史(Think & Craft/プロデューサー)
2019年にDentsu Craft Tokyo(現 Think & Craft)に参画。映像を軸とした様々な制作のプロデュースに関わる。Cannes Lions グランプリ、ACC グランプリ、Spikes Asiaグランプリ、D&ADブラックペンシル、文化庁メディア芸術祭大賞、JACリマーカブル・プロデューサーなど受賞。
中村 広美(Think & Craft/プロダクションマネージャー)
2014年電通クリエーティブXに入社。
広告が好きです。
映像を軸に、さまざまな広告制作に携わってきました。
特技は打合せに美味しいお弁当を用意すること。
実現不可能!?を可能にしていく
今回は、Hondaが継続してきたスローガン「The Power of Dreams」に「How we move you.」という言葉が加えられ、そこに込められた想いを伝えるため「人を動かすもの。その力を夢と呼びたい。」というメッセージの開発からプロジェクトが始まりました。我々も企画の初期段階から入り、クリエイティブチーム、柳沢翔監督とともに映像表現のアイデアをつくっていきました。
二輪、四輪、船外機、モータースポーツなどHondaがつくっている多様なモビリティの存在を消し、あえて映さずに表現する。乗って移動している人間だけを見せます。だからこそ、重要になってくるのが映っていないモビリティのパワーや躍動感をいかにして表現するか。そのために、どうすればいいのか?
最初のリサーチ段階では、スタジオで撮影して合成する方法など複数パターンをシミュレーションして打ち合わせに臨みました。リアルに撮影するのが一番よいということはわかっているのですが、実現可能とはとても思えなかったからです。
何度も打合せやロケハン、テストなどを重ね、CGや合成ではなくリアルな撮影をすることに決定しました。シーンごとにどういう撮影方法が良いか、どんな撮影方法ならできるのか、とにかくフィジビリティの検証を重ね、8つのシーンの制作上関わってくることすべてでテストを重ねました。
嘘のない映像を―服のなびき方までリアルを追求
今回の映像ではHondaの方々にも監修いただき、嘘のない、ノンフィクションな表現を追求しました。
例えば高速道路で親子が四輪に乗っているシーンでは、車は「CR-V」というSUVの想定です。座席の距離感や高さ、角度、ハンドルやブレーキの位置まですべて同じになるように計算して撮影用でオリジナルの造形セットをつくりました。 横に本物のCR-Vを並べて、実車と造形セットをスイッチしても同じように重なるまで調整。
また乗っている人の衣類のなびき方が不自然でもいけません。実際は壁もない撮影用に制作したオリジナルの造形セットに乗って牽引されているのですべてなびいてしまうのですが、「この窓が開いているからこうなびくのは自然」「髪がこう揺れるのも自然」「ここは揺れないはずだから織り込んで押さえる」など細かい調整をしています。
船のシーンも、実在するHondaの船外機を使った船と同じように波が立つようリサーチ。各モビリティの有識者をスタッフに加えて、テストを繰り返したり、カンプをつくってどう見えるかご説明したり。決して嘘がないようにテストを重ねました。
男性が空へ駆け上がっていくシーンに向けては、アクションスタジオで人を吊って上がり方を検証しました。どんな軌道で上げて、どんな走り方をすれば「人のパワーが解放される」表現になるのか? ただ浮いていくだけではファンタジーになってしまうから。ここでは3分の1スケールの模型をつくって、iPhoneで撮影をしてみて、カメラの入り方を確認しました。
部屋の中にいる男の子の窓の向こうで、スーッと上がっていく2人が乗っているのはHondaが未来に向けて取り組んでいる空中移動の手段で「eVTOL(電動垂直離着陸機)」というもの。JAPAN MOBILITY SHOW 2023でも展示され、このムービーにも未来のシーンとして描かれました。
実際に見たことのない乗り物なので、監督もどういう撮り方がよいのかとイマジネーションを膨らませた部分でした。「この向きで子どもに手を振るなら、進行方向的にこんな姿勢になるよね」と何度も実際に動かしながら詰めて。ここまでリアリティにこだわるんだという、その熱量には圧倒させられました。乗り物部分を消すからこそ、見た人がその乗り物をどうイメージするかが非常に重要な部分。
Hondaの方々とも撮影前に何度も打合せを重ねて、GOサインをいただき実施しました。かなり密にやりとりしたことで、撮影は安心して臨むことができました。
制作期間を振り返ると、企画決定後からスタッフ打ち合わせ3カ月、撮影直前準備2週間、撮影9日。シーンやモビリティの数が多いので、非常にたくさんのスタッフと同時並行でみっちり過ごした数か月でした。どのモビリティも主役なので、ワンカットワンカットへの思い入れやこだわりも強く、どこの完成度も高めていく必要がありました。15秒や30秒のCMを何本もつくっているようなイメージです。
柳沢監督の求めるものはもちろん高いレベルでしたが、誰よりも責任感をもって真摯に取り組んでいたのも監督です。ほぼすべてのテストに立ち会い、徹底的にリアリティにこだわっていた。私たちも同じ熱量でぶつからないと成り立たない。そう感じて奮い立ちました。
ミラクル!その1
撮影できる高速道路がオーストラリアで見つかった!
監督からは「スケール感」というワードがよく出てきました。ただリアルにすればいいというものではない。実際にモビリティを撮影するときに出すようなスケール感がなければ、いい画にならない。船を撮るなら湖より海という選択になります。
また例えば、SUVを撮影しやすいのは広大な土地や一般道かもしれません。けれど親子が走るのにアリゾナでは生活のイメージができないし、一般道ではスケール感がない。そこで都市を感じさせる「高速道路」となりました。ただ、日本全国探しても撮影可能な高速道路がありません。アメリカ、韓国、南アフリカなどいろいろな案が出たものの、予算に合い、距離や移動本数などで現実的なオーストラリアで見つけられたのは幸運でした。これまでの経験から、直感的に絞り込めたということもあります。
このロケ地に関しては時間を要した様々なリサーチ、検証などを提案して、無事に決定。そこまでの準備期間の中で、何度もロケハンとテストを繰り返しながら信頼関係を築けていたのではないかと思います。
ミラクル!その2
15分だけ晴れたマジックアワー
船のシーンには1週間以上を撮影準備に費やしてきました。ただ、本番当日の天気はあいにくの曇天。雨は降っていないし、「今日なら船を出せる海のコンディション」と船の操縦チームの方の判断もあったので、どうにか撮影したいところでした。翌日に持ち越せば、大きく予算を削ってしまいます。
カメラマンの岡村良憲さんが「この雲の感じなら奇跡が起きれば晴れ間が出るかも」とおっしゃったので、それに賭け、船を出すギリギリまで祈りながらの待機でした。そして狙いのマジックアワーに(※日没後、日の出前の数十分淡く輝く時間帯)、なんと15分だけ晴れ間が出たのです!ほんの一瞬の美しい光。あれは本当にミラクルでした。
乗っていたモビリティや造形セットを消し、隠れていた部分を3Dで再現
難易度高の編集作業
撮影時に乗っていたモビリティや造形セットを消し、さらにそのモビリティや造形セットの奥に隠れて見えなかった身体を再現する必要がありました。そこで、ドライバーの身体と衣装を360°スキャンし、すべてのデータを結合して3Dデータを作成。撮影映像と組み合わせ、モビリティに乗っている体勢につくり直しました。
あらかじめそのことがわかっていたので、いかに消さなくてはならない部分を少なくするかが勝負でもありました。例えばバイクには人やエンジンを守るためのパーツがたくさん付いています。外せる部分はなるべく外して人が隠れる部分を減らし、ポスプロ(※撮影後の編集作業)で消せるかどうかの検証を重ねました。
撮影も編集作業も並大抵ではありませんでしたが、スタッフ全員に正解が見えていたことがとても大きかった。目指す形を共有できていたことで、どのチームも同じ方向で進んでいくことができました。バイクそのものは映っていないのに、すごいスピードで疾走しているバイクが見えてくる。そういう画を検証、撮影、編集で共有してつくりあげることに成功しました。
技術的には、CGでもできないことはない。けれどやはりどれだけシミュレーションしても、嘘は出てしまいます。私たちのチームには生成AIの専門家もいますが、リアルに勝てるほどのものを世に出せるかというとまだ不可能。
リアルを追求したいいものをつくるためには、撮影スタッフの技術力、CGや編集といったポスプロの力が非常に重要だと改めて痛感しました。