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パナソニック「『Make New』コンセプト篇」
すべての部署で未知への挑戦!
わからないから、やる意味がある

2021年、パナソニックは次の時代の“豊かさ”について改めて考え、未来の定番をつくっていく「Make New」というアクションワードを掲げました。メインムービー「『Make New』コンセプト篇」の制作に白羽の矢が立ったのは柳沢翔監督、そして彼の信頼するスプーンの制作スタッフです。プロデューサーの佐野大さん、当時PMの佐藤博美さんに、あの不思議で美しい映像の制作秘話をお聞きしました。そこにはどんなミラクルが!

佐野 大(株式会社スプーン/プロデューサー)
1988 年生まれ / 東京都八王子市出身
東京都立駒場高等学校卒 / 法政大学社会学部メディア社会学科卒 2012年Spoon 入社
ポカリスエット、相鉄線のCMや、長編映画、配信ドラマなど幅広く制作

佐藤 博美さん(株式会社スプーン/プロデューサー)
1992年生まれ / 宮城県名取市出身
宮城県宮城野高校美術科卒 / 武蔵野美術大学デザイン情報学科卒
2015年Spoon 入社
長崎、五島列島に縁のある仕事が多く、五島のコーディネートが出来ます。

ワンカットの強い映像をつくる
監督の生み出したアイデアは“逆さま”

 パナソニックさんからムービーの制作にあたり依頼をされたのが、good design companyの水野学さんです。水野さんから柳沢翔監督にお話が行き、監督から私たちがご指名をいただいて制作に入りました。
 スプーンは2020年からポカリスエットのCM制作で柳沢監督とご一緒しています。そして先日公開された相鉄東急直通記念ムービー「父と娘の風景」も、このチームでつくりました。国内だけでなく、台湾や東南アジアでも話題になったと聞き嬉しく感じています。
 柳沢監督は映像に「WOWをつくる」とよく話してくれます。見た人に驚きを提供するため、多くの作品で長尺ワンカットで撮っています。広告主からの与件にきちんと応じながら、WOWで世の中に広めていく。ワンカットの撮影で、“普通はやらない”ことを詰め込めんで。

 さらに今回の「Make New」に関しては、ワンカットなうえにワンテイクでした。セットの特性上、結果的にそうせざるを得なかった。ワンテイクが成功したのは、まさにミラクルだったと感じています。

 ムービーでは、最初はあらゆるものが青い布で覆われています。それは、物質的な世界の象徴。布がバーッとはがれていって、精神的な豊かさを象徴する自然豊かな風景が現れます。
 私たちは、新しい豊かさ、未来の新しい定番に対する「ワクワクする幕開け感」を演出したかった。どうすればそれを表現できるのか? 監督は、説明的になるほど伝わらないだろうと、感覚的に伝えるにはどうすればよいだろうと、かなり試行錯誤をされていました。
 「物質的な世界=青い布」がはがれるときに、何かにはがされたり、引っ張られたりするのではなく、自ずからはがれていく表現がしたい。監督はそのイメージを実現するため、「セットを逆さまにつくって重力を利用したらどうか?」というアイデアを生み出しました。
 セットが逆さなら、青い布は自然に落ちていき、はがれて飛んでいくように見える。そのためには、人も逆さであり、衣装も「逆さの時に美しい」ものであり、美術もライティングもすべて逆さで撮る必要があります。
 監督にもその方法論があるわけではないので、すべての部署でとにかくやってみて、やり直してのトライ&エラーを繰り返しました。

どうつくるのか誰にもわからない

 柳沢監督の映像をつくるのであれば、演出コンテを一見してパッと理解できないのが毎度お馴染みです。「どうやるのかわからない」から、やる。それは前例がないということだし、見たことがないものをつくるというところに価値があると思うから。
 スタッフたちにコンテを見せると、全員が「どひゃー!」。そして、「で、どうやる?」と試行錯誤が始まります。目指す造形がわかった時点ではまだ、人もセットも本当に逆さでやるとは思いもよりませんでした。
 この作品に関わったスタッフは、総勢200名を軽く超えていると思います。通常のCM作品は大体7~80人かと思いますが、柳沢監督の映像をつくるときは200人くらい。美術、設営、CG、ライティング等々、オールスタッフで知見を総動員し、検証して、決めていきました。

 制作期間の中で、撮影後の編集にも割くため、撮影までの準備期間は限られていました。会社のテーブルに乗るサイズのミニチュアをつくり、みんなで頭を寄せ合って「ああでもない、こうでもない」と知恵を絞りました。
 とくに大変だったのが、布の仕掛け。監督に提示された布一枚の大きさが意外と小さくて(笑)、24メートル四方を覆う量を用意するとなると何千枚になったのではないでしょうか。そして布の四隅を留めるビスの量はその4倍です。ビスの加工を延々と‥‥‥。

 今回は高所で逆さ吊りになるため、安全面でもしっかりとした配慮が必要です。舞台設営のプロであるシミズオクトさんに入っていただけたことで、安全に人を吊るための知見をいただいて、実現することができました。とはいえシミズオクトさんとしても、この規模で同じ経験をしたということはないんです。
 撮影するスタジオ探しも容易ではありませんでした。大規模セットの時は幕張メッセなどで撮るのですが、今回は高さが足りません。セットだけなら入っても、大枠の骨組みを組んで、上に人が作業できるスペースもつくるとなると、関東で適した場所はありませんでした。見つけたのは、長野五輪のスケート会場となったエムウェーブです。

撮影現場
すべてが重なってのミラクル

 屋久島の森をイメージしており、セットには高低差があります。その先にキャストが吊られるのですが、実際に吊ってみると頭から安全マットまでの距離が想定より近い。「マットこんな分厚いの!?」「映っちゃいそう」とドキドキでした。撮影日に、シミュレーションではわからなかったことがあれこれとあったんです。
 そして布を上に止める作業の大変さは想像以上。美術チームは1週間で設営を終えなくてはいけません。高所作業車に何人かで乗り込んで、ヘルメットをかぶって、ずっと上を向いたまま地道に一枚ずつ留めていくのですが、体がつらくて思うように進みません。誰もができるような作業ではないので人海戦術も取れず、美術と仕掛けチームがとにかくがんばり続けてくれました。
 あの規模で布を落とすテストをしたり、再撮影することは実質不可能なので、練習もほぼできないまま本番です。ダンサーの衣装がタイミングよく脱げるか、どこか引っかからないかと、みんな息をのんで見上げていました。こんなに全員が両手を組んで祈る姿勢になっているのを見るのは初めてでした。
 直前まで練習がうまくいっていなかったし、失敗してしまうかもしれない。でも、やるしかない。物凄い緊張感の中で、布も衣装もうまくいったのは奇跡的なことでした。

ダンサー、衣装、ワイヤーチーム
それぞれの見どころ

 逆さに吊られるというのは本当に苦しいことで、普通は1分と持ちません。ダンサーのオーディションには、ダンス経験のある人、サーカス系の人、エアリアルダンス(吊るされた布を体に巻き付けて踊る)経験のある人などが集まりました。合格したのは、エアリアルの人が半分、逆さ未経験だけれど持ち前のセンスで踊れた人が半分。みんなで協力し合って、教え合って、とても素敵なキャストたちでした。

 吊られて演技をすると、実際に地上で動くのとはまったく違う動きになります。たとえばジャンプしてターンするのも、ワイヤーとの連動でアニメのように高く飛んでクルクルッと回れる。腕の動かし方も逆になるので、実際のムービーでは不思議な動きに見えたと思います。
 逆さ吊りになるためのやぐらを立てた東京のスタジオで、練習を1週間。本番の撮影では、地上7mで吊るされて踊ります。緊張もするし、とても怖いこと。それでも互いにケアし合いながら完ぺきに踊ってくださって、すごい団結力でした。この仕事でミラクルといえば、ダンサー陣のすばらしさだったかもしれません。
 そこに、普段は「舞台」「イベント」が専門の設営チームと、「映画」が専門のワイヤーアクションチームと、異業種にも関わらず、これだけの人数がキャストとワンテイクで合わせられた。そのこともミラクルですね。

 酒井タケルさんの衣装もすばらしかったです。逆さまになったときに、乱れず、美しく見える。そのデザインをするためには、やぐらを組み、衣装を着た人が逆さ吊りになる必要がありました。幸い、絶妙に体幹のよいスタッフがいたので、逆さになって何度も検証。普通の人ではとてもできない役割だったと思います。
 苦労の結果、逆さの時に美しく、パッと割けてワイヤーにひっかからないデザインが完成しました。1枚目が脱げてからの衣装もとてもきれいなのでぜひ見てほしいです。
 撮影当日も、監督が美しさとおもしろさを粘り強く検証し、衣装部はギリギリまで細かいところを縫い続けていました。

粘り強さとあきらめなさ
そして何より、根拠のないポジティブさ

 撮影は成功しましたが、すべてが完ぺきというわけではありませんでした。はがれるタイミングがずれた布も少なからずあったのです。グリーンバックのなかで撮られた素材を、想定した理想の状態まで編集で持っていけるか。プロデューサーとしては、ここが一番心臓の痛くなったところです。
 編集では、落ちるタイミングがずれた布一枚一枚をデータ上で切り抜いて、別撮りした布の落ちる画像も切り抜いて、合成させていきました。これは本当に細かく壮大な作業で、「オンラインチーム」「切り抜きチーム」を結成し、スタッフ総出で毎日少しずつ進めていきました。柳沢さんとオンラインの佐々木賢一さんの2人で、合成したものをなじませる作業に10日近くかけていましたね。おふたりは本当になじませるのが上手で、どこが合成部分かもわからないくらいになりました。

 柳沢さんは本当に粘り強い方です。天下一品の粘り強さ。それに食らいついていくのはもちろん大変ですが、そこには必ず理由があるので納得がいきます。演出プランが上がったときの「これはすごいことになる」というワクワク感を実現化したいと思うと、あまりネガティブにはなりません。
 この仕事に必要なのは、根拠のないポジティブさかも(笑)。気持ちが折れる前に、どんどん前に進めていく。

 今回は本当に、すべての部署が究極的に難しいなかやり遂げることができました。関わった人のすべてが、すごかった。奇跡といえばそうですが、かなり泥臭い人々の努力がありました。古代エジプト人がピラミッドをつくるかのような地道な作業の連続。
 ただ、「こんなの無理じゃん」と感じたときに、できない理由をあげればいくつでも挙がりキリがありません。前向きでいなければ、夜も眠れない。
「まあ、明日考えよう」「じゃあもう一回やってみよう」。それでなんとかやり遂げられたのだと思います。

text:矢島 史