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Mizkan「ZENB CONCEPT MOVIE」
制作現場で起きた奇跡

ミツカングループが2019年に立ち上げた“新しい食”のブランド「ZENB(ゼンブ)」。野菜の素材を可能な限りまるごと使い、おいしさと健康が両立できる食生活を提案している。そのコンセプトムービーが目指したのは、10年使える普遍的なビジュアルアイコンの開発。一目見たら忘れられない印象的な「ZENB CONCEPT MOVIE」を制作した、TYOのお二方に話を伺いました。

乗富 巌
TYO Third/エグゼクティブプロデューサー
2000年 葵プロモーション(現AOI Pro.)入社
2002年 MONSTER FILMS設立に参加
2009年よりプロデューサー

馬場 みさよ
TYO MONSTER/プロデューサー
香川県丸亀市出身
2011年 TYO MONSTER入社
2022年 プロデューサー

10年使えるビジュアルアイコン開発背景

 ミツカンさんは江戸の創業時から、自らの事業の礎である自然環境について関心が高く、「自然への感謝」を大切にし続けている企業です。環境変化が大きくなっている昨今、「未来に向けてできることは何か」を具現化したプロダクトをつくるべきだということで、種や皮までまるごと素材を使うブランド「ZENB」を立ち上げました。このブランドを核とした「未来ビジョン宣言」を、2018年に掲げています。
 事業における新しい試みとして、この新ブランドではECでの販売をメインに展開しています。加工技術的にも、販売戦略においても、さまざまな挑戦がなされている、意義深いプロジェクトです。
 コンセプトとキービジュアルの開発は、佐藤卓さん(TSDO)が手がけられました。映像とWEBでもこの斬新なコンセプトを表現したい、ということで中村勇吾さん(tha)がクリエイティブディレクターとして加わり、我々に映像制作をご依頼いただいた、という経緯です。ミツカンさんからは、「このブランドはミツカンの未来の礎になるもの。腰を据えて取り組みたいので、一過性ではなくずっと使える映像を」というお話をいただき、中村勇吾さんと「10年使えるビジュアルアイコンをつくる覚悟でやりましょう」と大きな目標を立てました。

 プロジェクト発足当初から、ディレクター辻川幸一郎さん コピーライター渡辺潤平さんにも参画いただきました。佐藤卓さんのつくられたキービジュアルは、野菜の断面を使ったシンプルで普遍的なもの。ミツカンの皆さんとディスカッションを重ねた結果、映像も「野菜の全部」をシンプルに映像化する、という案に落ち着きました。

 「野菜がどんどんとスライスされていく」という一見シンプルな企画ですが、正直それをどう具体化すればよいのか、企画決定時にはほぼ見通しが立っていませんでした。プロダクションの腕の見せ所です。そもそも、“10年使えるビジュアルアイコン”という高い目標に対して、簡単にできてしまうわけがないという覚悟がありました。明確になったゴールに向けて、アプローチをどうするか。プレッシャーもありましたが、「21世紀にもなって映像にできないことはないだろう」という楽観的?な気持ちで取り掛かりました。

撮影方法の検証に丸々1カ月
R&Dの重要性をクライアントと共有

 企画を形にするために、まずは実写というアプローチを考えました。次点として、CGメインで考えるプランがあった。けれど、CG化するにしても野菜の中がどうなっているか細かくわからないといけません。CTスキャンしようかという話も出たのですが、内部構造のポリゴン(多角形データ)はなんとか取れたとしてもテクスチャーまでは表現できない。
 結局、実写で野菜の断面を撮影していこうと決まり、ありとあらゆる切断方法を模索することになりました。レーザーカッターでは野菜の断面が焦げてしまう。水の圧力で切断するジェットカッターを試しに富山の会社まで実験しにいきましたが、野菜によっては綺麗な切断面にならなかった。中が空洞の野菜は、水の方向が散らばってしまうようでした。
 そして最終的に、超音波カッターでいこうと決まるまで1カ月を要しました。途中、追い詰められたスタッフが「中国に薄く切れる刀の達人がいるのでは」などと現実逃避していましたね(笑)。超音波カッターはホールケーキなど、形状が柔らかいものを綺麗に切るのに使われている技術で、実際に様々な野菜で検証したところ、切り口も綺麗にできることが判明しました。ただ、協力してくれる会社がなかなか見つかりません。撮影に使った前例がないとのことで、実際に協力してくれるとなったのは1社だけでした。
 普通であれば、これほど撮影手法そのもののテストに時間をかけることはできません。このムービーをつくるにあたっては、R&D(Research and Development:研究開発)が絶対に必要だと最初にミツカンさんにお話ししていたんです。ベストな方法を探った上で、撮影方法を組み立てる必要があると。

地道of地道な撮影、
そして鬼のような編集作業!

 さあ、いよいよ野菜を固定して超音波カッターで1ミリごとにスライスしていくことが確定しました。けれど、理論と現実は違います。野菜にカッターの圧がかかることで微妙なずれがどうしても生じてしまうため、固定の仕方が最大の難関でした。ここは美術の柳町建夫さんに何度も試作してもらい、「これしかない」手法を確立してもらいました。
 そして、野菜の物理的な限界があります。例えば一番長さのないパプリカだと、実際に切断可能なのは40回程度。1切断面 = 1フレームとすると40フレームにしかなりません。それだけで面白い映像になるのか正直疑わしかった。尺が足りないと感じたのです。
 その打開策として、プロダクション提案で「野菜を回してみようか」となりました。対象物を回して360度撮影しておけば、編集でいろいろな角度に伸び縮みさせることができる。簡易的にテストしてみたところ、どうやらうまくいきそう。「回転」を加えたことにより、映像が無限に広がる可能性を発見できたことが、このプロジェクトを前進させる大きな原動力になりました。

撮影はスライスして固定しての繰り返し。固定法にも美術部の創意工夫が。
固定具を消したり、固定具で隠れた野菜の部分を復活させるのはCGIチームの腕の見せどころ

 切断した素材を静止撮影するはずが、回転させて動画で撮影となった。撮影も編集も大変な作業量にはなります。特に編集は、切断面が行ったり来たりするだけで100レイヤーあるオフライン(仮編集)をしなくてはならない。そして、固定具が見えてしまうところはCG処理をするので、その作業も膨大になります。
 撮影は、野菜シーケンスだけで丸々3日間かかりました。野菜が傷まないよう気温10度に設定された冷凍スタジオで、9月にコートを着ながら永遠に野菜を固定して、切って、回転させて・・・の繰り返し。切断作業はシステムを確立していたのでスムーズに行くのですが、固定と回転に時間がかかるので小さいパプリカの40レイヤーでも3時間はかかりました。
 一度だけ、半分くらいまで進んでいたかぼちゃで失敗が。うっかり、固定を忘れてしまったのです。最初からやり直しです。野菜は30個ずつ厳選して用意をしていましたが、幸い失敗はその一回だけで済みました。用意しておいた野菜が撮影日前に傷んでしまったり、撮影中にビーツの色がどんどん白くなってきてしまったり、生ものを扱う難しさはありました。

 オフラインは、エディター大塚淳也さんが抜群のクリエイティビティを発揮してくださいました。アングルやレイアウトのバリエーションの豊かさ、音楽とのシンクロで生理的快感をどれだけ追求できるか、という課題設定に、素晴らしい解を出していただきました。
 オンラインエディターの木村仁さんも存分にプロフェッショナリズムを発揮いただいています。野菜のマスク作業に加えて、フォーカスを合わせたがために被写体の大きさが微妙に変わる部分や、手作業での固定がゆえに少しずれるところを直さなくてはならない。鬼のような作業だったかと思います。
 音楽は、プロデューサーの山田勝也さんにハチスノイトさんというアーティストを紹介いただき、オリジナル楽曲を書き下ろしていただきました。ご自分の声だけで楽曲をつくってらっしゃるアーティストで、このフィルムの「ちょっと不思議な世界観」に抜群にマッチしています。実は、この音楽、完成した音源の要素を一度バラバラに分解し、野菜の動きにマッチさせた上で、パートパートを再構成して成立させています。

 辻川さんを筆頭とするこのチームの面々は、幾度も大変なプロジェクトを経験されたツワモノ揃いで、一瞬でゴールイメージを共有し、各々が素晴らしいプロフェッショナリズムを発揮しながらも、阿吽の呼吸で動いてくれる、大変心強いチームです。あれやこれや云々で実現方法を考えるプロセスもとても刺激的で楽しく、プロデュース冥利に尽きる時間でした。

「あのときのミラクル」は、ない。

 このページの趣旨と違ってしまうのですが、奇跡はありません。
 「できるのか?」という疑問を地道につめて、欠点がある方法論だったとしても、それをどう補完し、前進させるか、アイデアを出す。実際にやってみる。奇跡を起こすというより、課題を地道にひとつずつつぶしていったということです。
 やろうと思ってできないことって、実はあまりないと思っています。どれだけ本気で取り組めるか、に尽きる。あとは自分たちのつくったものに対して言い訳をしない。いろいろなファクターがあって思い通りにはならないかもしれないけれど、設計思想が高ければ、例え達成度が70点だったとしても、仕上がりは90点に見えるというパターンもあります。だからプロジェクトの大小に関わらず、はじめに持つ設計思想はとても重要だと思っています。

 ただ「奇跡」という意味では、これだけひとつの映像に対してR&Dができた事例は稀有です。目的に対してクライアントの理解があって、時間も予算も充分に確保いただけたことが大きい。
 普段、広告映像には、ビジネスのスピード感と同様、プロセスや完成までの速度も重視されます。その場合、実験的な映像アプローチの開発が難しくなる。最短アプローチで効率的なモノづくりが必要とされる日々の中、この作品では粘ったり、間違った方法を検証したり、つくるべきものに対するアプローチの時間を持てたことは非常にありがたいと感じました。

広告映像にも、「消費されない」カルチャーを

 このムービーは、幸か不幸か、あまり人に知られていません。バズらせようと派手に仕掛けてもいません。ただ、正しい存在感でローンチから3年経った今でも使われ続けている事実に、個人的には、使命を果たせた安堵と、ちょっとした希望を感じます。
 「消費」される前提で旬な新作を次々と送り出すことが是とされてきた広告映像ですが、最近はその消費サイクルそのものを考え直すムーブメントが広がっていると感じます。例えば広告映像に関しても、一つの映像を大切に使い続けるカルチャーがあってもいいなと思うんです。
 ZENBというブランド自体も、大量に流通に卸すのではなく、EC中心の販売しかしていません。商品をしっかりと理解してもらい、それが良いと思っていただけるお客様に、時間はかかれども確実に広がっていくように。事業モデルとして、短期的な売り上げに囚われず、正しいと信じる方法を、腰を据えて取り組んでいく。そういった幸運な環境の中で、伸び伸びと仕事をさせていただいた感覚があります。

 技術の目覚ましい発達で、個人が簡単に映像制作にアクセスできるようになりました。誰もがクリエイターになれる時代です。カジュアルかつリアルな映像が瞬く間に世界中を席巻する様は、まさしく革命的だなとも感じています。そんな最中に、我々映像プロダクションが提供できる価値とはなんだろう、と常々考えます。
 様々なプロフェッショナルたちの集合知で、個人では到達し得ない、質量のある映像をつくること。この真価が正しく厳しく問われる、良い時代になったなと、いろんな意味でドキドキしています。

text:矢島 史