Vol.21
"エンタメとしての選挙"を楽しむ、
政治の新しい入り口に―
―ビジネス動画チャンネル『ReHacQ』*で、アメリカ大統領選挙日前後の取材をされていましたね。街頭で突撃インタビューを試みるけど最初はほぼ総スカンを食らって…。それでも繰り返し食らいついて、リアルなアメリカが伝わってきました。ほかの国の選挙をおもしろコンテンツにできるキャラクターはほかにいないと感じました。
ありがとうございます。もともと、個人的にアメリカ大統領選の取材に行きたいと思っていたんです。その中でReHacQが「じゃあ、何か一緒にやりましょう」と言ってくださった。
私は政治に興味があるわけではなくて、別に選挙じゃなくてもいいんですよ。人間の闘争が大っぴらになっていて、それをタダで見られるなんて最高。政策はもちろん見ますけど、それより人間関係の部分がおもしろくて。「エンタメにするな」という意見もありますけど、私はエンタメとして楽しんでいます。
―なかなかそれをはっきりと言える人は、いませんよね。
私は、自分の考えや投票先を人に言うつもりはありません。最近思うのは、政治について会話をする耐性のある人は日本にはあまりいないということです。意見の違う人を、攻撃してしまう。有権者ひとり一人バックボーンが違うのだから、意見が違うのは当たり前なのに。違う意見を聞いたり、交わしたりする耐性がまだない気がするので、私が政治自体の話をするのは怖いし難しいですね。
―若者に選挙に興味を持ってもらいたくて活動している面もありますか?
「選挙がおもしろい」という入口は広めたいです。「選挙に行かなきゃ!」という呼びかけもいいけれど、楽しいと思ってくれる人が増えるといいなという気持ち。
でも…最近の傾向を見ていると、「選挙に行こう」と呼びかけても、どう影響していくかわからないなと。投票すればいいというものではないとも感じてしまいます。そこは難しいところだけれど、エンタメとして楽しんでくれる人が増えたら嬉しいです。「選挙がおもしろくて仕方ない」という人は結構いて、まったく関心がないよりはいいと感じています。
*『ReHacQ(リハック)』:政治、経済、ビジネスを中心に新たな視点を提供するYouTubeメディア。元テレビ東京のプロデューサー高橋弘樹氏により設立。
「どう見られているのか?」
子どもの頃から予測と対策
―ここまでのお話ひっくるめて、井上さんのようなタレントはほかに見当たりません。どうやって今の井上咲楽ができたのでしょう。
「タレントってなんなの?」というのは、私もよく聞かれることなんです。「タレントって英語で才能のことでしょ」とか、「本当にわからないよね、なんなの?」とか。本業がモデル、元アイドルということもなく、ただ「タレント」の私は固定ファンがつきにくいこともあって、いつまでテレビに出られるのかという焦りがずっとありました。YouTubeや料理という場を持ったことで、だいぶラクにはなりましたけれど。
とはいえ、テレビタレントという軸足は大きいと思っています。それも、これも、あれもあって、そんな自分を見て楽しんでいる感じです。政局だけを追っていても、走っているだけでもつまらないと思うんです。私を「会社」だとしたら、全体的に見たときに「こんな事業もあんな事業もある」というおもしろさが出せるといいなと。その中には「らしいな」というものもあれば、「こんなこともするの!?」と意外性のあるものも持てたら。
―なるほど、小さい裏切り。ギャップをいろんなところにつくってきたんですね。
15歳の女の子だったころから、「見られる自分」を意識していたのでしょうか。
いや、どうでしょう。でも、小さいときから「自分はどう思われているか」というのが強く、脅迫的にあったんです。たとえば友だちが家に遊びに来たとき、その子が靴を揃えないと父親に言われたんですよ。「咲楽は人の家に遊びにいったときに靴を揃えなきゃだめだよ」「〇〇ちゃん揃えてなかったけど、あれはだめだよ」と。子ども心に、そんなことで判断されてしまうんだ、怖い!と感じました。だから親にバレないように友だちの靴を揃えたり、うちに入る時『おじゃまします』って言う暇もないほど私が話しかけながら入って、「おじゃましますって言うタイミングがこの子にはなかったんだよ」というテイをつくって家に入る。小さいときでもすごい気を遣ってたんですよね。
―よく「アウトサイダー」っていうじゃないですか。斜め上からもう一人の自分が何か言ってくるみたいな…。
そんな感じですね。幼稚園の時にばあちゃんちでタケノコ料理がおいしくてバクバク食べていたら、親戚から「品がない」と言われたのも大きかった。それ以来だれかとご飯を食べるときには、事前に食べておくようになったんですよ。「そういう風に見る人がいるんだから、予測して対策を立てないといけない」と。
この仕事を始めてからも、自分がこれをしていたら変かなとかいうことは常に考えます。眉毛が太くてお団子ヘアの賑やかな女の子が急にメイクの話なんて始めたら、興ざめかなとか。
―ギャップは欲しいけど、興ざめはされないように。それって難しいですね。
そうですね、そうなんですよ。
テレビにはちゃんと出て、
いろんな世代に見てもらいたい
―これから"何"を目指していきますか。
YouTube、ポッドキャスト、noteなどでようやく"自分"を見てもらえるようになりました。そういった発信から何かに繋がっていけば理想的です。領域を拡張してきたというより、持っていたものを出すタイミングがちょうど来たり、いろいろやってみた中で残ったものが、今仕事に繋がってきたなと感じています。料理もそうだし、マラソンもタイミング。
取り組んでいることが今は日の目を見なかったとしても、10年後20年後仕事に繋がることがあるかもしれません。タイミングやイメージの変化で、どう活きてくるかわかりません。
一方で、テレビの影響力はやっぱりすごい。以前のマネージャーさんには、「地方に行ったときにおじいちゃんおばあちゃんに可愛がられるようなタレントになりなさい」と言われていました。インフルエンサーというだけだと、おじいちゃんおばあちゃんに知ってもらえませんから。テレビにはちゃんと出て、いろいろな世代に見てもらえることを大事にしたい。そのうえで、発信を見てもらえるようになるのだと思うので。両輪でやっていけたらいいなと思っています。
―誰かモデルになるような、目指す人物はいますか?
篠原ともえさんは昔ほどテレビに出なくなったけれど、デザイナーとして活躍されていて、テレビに出るとみんなが喜ぶじゃないですか。専門分野を評価されながら、視聴者にも喜ばれているすごい存在だと思います。
私はテレビに出たくて仕事を始めたので、テレビの仕事が減るのはすごく怖いです。ほかのところもつくっておいて、テレビに出られなくなってもすべてを失わないようにしておきたいですね。篠原さんみたいな出方ができる、箔のある人になりたいです。
―仕事をしっかり繋いでいこう、という堅実さを感じます。
前は休みがあると「仕事がないなんて!」と焦る気持ちがあったんですけど、今はYouTubeなどいろいろ増えたので、仕事のないときはそっちを積んでいけると楽しめるようになってきました。
―せっかくのお休みに「台湾ひとりロケ」のような負荷の高い活動をされている印象なのですが、楽しんでいるわけですね。
そうですね。本当は、積極的にあちこち足を運ぶような性格じゃないんですよ。YouTubeを撮るという名目に、「あの店もこのスポットも行ってみよう」と連れ出してもらっている感じです。YouTubeにすごく助けられている。楽しいんですよ。
最初は、海外に行っているところをYouTubeにあげるのすごくためらったんです。まだコロナ禍をひきずっていた頃で、円安が始まって騒がれていた頃。「海外行ってます」みたいなキャラでもないし、批判が来るんじゃないかと。でも出してみたら意外と、ひとり旅の動画も好評をいただいて。
―最後に、これまでで印象に残っている広告は何でしょう。
同世代の広告クリエイターにメッセージもお願いします。
私の中で思い出に残っているCMは、セイバン「天使のはね」です。ランドセルの、DAIGOさんが「背筋ピーン!」と言って歌う。あの頃のCMは歌が印象的なものが多かった気がします。みんなが歌えたし、思い出すと懐かしいなあ。
CM撮影の現場に行くと、プロフェッショナルな士気の高さを感じていつも恐縮します。バミリの立ち位置にしても、普通のテレビよりかなり細かいじゃないですか。「1ミリずれて」と細かい指示があるたび、この数十秒に命をかけてつくっているんだと感じます。
その数十秒で、世の中の経済に影響を与えていくすごいお仕事。同世代の方にはがんばってほしいと思います!
―刺激になるお話を、ありがとうございました!
photo:村上 拓也
『コンテンツの冒険』は今回で最終回になります。長い間ありがとうございました!
井上 咲楽
タレント
1999年、栃木県生まれ。第40回ホリプロタレントスカウトキャラバンで特別賞を受賞。ABC『新婚さんいらっしゃい』やNHK『サイエンスZERO』でMCを務めるなど、バラエティを中心に活躍。レシピ本『井上咲楽の発酵、きょう何作る? 何食べる?』(オレンジページ)が発売中。


