倒れて知る、つくりたいものつくらないと
すぐに死んじゃうぞ
―入社以降、順風満帆ですか。
いやとんでもないです。運のいいことに入社して最初につくった映像が賞を獲れたので(JAC主催の「リマーカブル・ディレクター・オブ・ザ・イヤー2012」)、誰の下にもつかずいきなり独り立ちしてしまったんです。3年もすると、頭打ちというかうまく回せなくなってきて。クライアントさんの意見を取り入れる塩梅とか、いいものをつくるために必要なプレゼンの言葉とか、演出としての立ち方、スタンスがわからなかったから。そういうものを学びたくて山本真也さん(太陽演出)につかせてもらいました。
ただ真也さんについている仕事はいいのですが、一方、個人仕事では鳴かず飛ばずの時期に入ります。ヤングディレクターアワードみたいなのは獲るのだけれど、獲ったところで仕事はこないんですよね。先輩たちのように「責任」を与えられるディレクターになるためにはどうしたらいいのか、悩みましたね。
考えたのは、やりたいことをやれるようになるには、やりたくないことをやって売れて地位を手に入れる必要があるのではないか!ということ。そのためにはどうすればいいだろうと考えて、「小さな仕事をすべてACC賞に引っかかるようなよいものにつくりかえる!」と決めたんです。愚かな若者ですね(笑)
150%の出力で、何徹もして、何週間も会社に泊まっていたら、バーン!とぶっ倒れてしまいました。1か月の強制休養です。ここで悟りました、「人はすぐ死ぬ」ということ。「残された時間は少ない」ということ。
―入社して3、4年で悟ったのは早いですね。
もっと自分を大事にしなきゃな、って。それまでなんでも引き受けていたけど、「自分は会話劇をやります」「人間を描きたいです」と絞って仕事をお受けするようにしました。自分のリールに会話ものがそんなにないにも関わらず。でもこの機会に覚悟を決めないと、本当にやりたい表現や会いたい人には届かないんじゃないかと思ったんですよね。
幸いにも会社員なので、何も仕事がなくても給料がもらえます。断り続けて、本当に2、3カ月仕事がなかったですね。ただ精神安定上、映像はつくっていました。友だちとPVをつくったり。
―劇団も始めましたね。
仕事でボツになる企画案ってたくさんあるじゃないですか。話はすごくいいんだけど、あの商品には合わなかったんだよなあというものが貯まっていた。「自分のものをつくらないとすぐに死んじゃうぞ」と思う中で、それを15分くらいの話にして。
―メモに残っていたわけですね。
はい。会話のテキストで。もとはCMの企画だけど、結構可能性のあるストーリーなんじゃないかって。
映像ではなく舞台にしたのは、この世界に身を置いているからこそ、「映像」ってコスパが悪いと感じていたからです。とにかく一つのプロジェクトに対して必要な人材が多いですよね。当時の僕は、自分の描いている話を「できあがったらすぐ!」ぐらいの速度感で世に出したかったんです。"稼げていないディレクター"の自分が、誰の考えも介在しない価値観で純粋に面白いと思うことを、自分自身で再確認したかったのかもしれません。じゃあ話を最も手をかけずに表に出す媒体は?と考えたら「舞台」に辿り着きました。本当にミニマムにやろうと突き詰めて、もうひとり演者との「二人舞台」。箱をひとつ借りて美術もなし、チケットで箱代だけペイできればよし!という意気込みで始めたんです。
―今や大人気です。それによって自分や周りで変化したことはありますか?
CMディレクターとして自分のことを、別のチャンネルからも知ってもらえるというのはすごくいいことでした。演出だけではなく話づくりも好きと知ってもらえたので、企画から入る仕事が増えました。ディレクターだけど、自分のつくった企画を見て意見をもらえるのは楽しいですし、嬉しいですね。
特異!ユニークな
生み出し方法
―舞台の年1ペースはこれからも変わらずですか?
はい。年に1回膿を出す。今はストックしておいたものというより、舞台用に話をつくっています。そのために、見たこと聞いたことを逐一メモしていますよ。暇なときにボソボソひとり言を言って、その言葉もメモしたり。
―暇なときにひとり言?
昔から癖で、何かを理解したかったり、やり直したかったときにひとり言を話すんです。「これはこうだよね、ってことはこうなるよね。みんなこういうことやりたくなるけど、ここが問題だよな〜」みたいにずーっと。頭で考えるのと同時に耳でも理解する、って感じですね。より深く理解したい。
たとえば、昨夜飲みすぎて後輩に言いすぎてしまった…次はもっと良いセリフで言い直したいんですよ。脚本を変えたいんです。だから新セリフ案をぐだぐだ考えてるときがありますね。(いやこの言い方は辛いよな…)(なんか良くある言葉だよなぁ)とか思いながら、より相手が聞いてくれるセリフにしたい。どんどん、精査されて刺せる言い方になっていく感じがするのが楽しい。いや、友達がいないわけではないですよ。そんな言葉たちが舞台のセリフになることもあります。前回公演の「嘘の教育」ではまさに悩んでいる後輩への言葉をセリフにしましたし(笑)。
使っていない引き出しを鍛えることは幸せなのか?
それは誰にもわからない
―今後挑戦してみたいことは。
最近のお仕事で、今までやったことのない「新しいジャンルのCM」に挑戦したんです。「やったことのないラインだと思うけど、どう?」とお話をいただいて。ふだん自分の得意な範疇のことばかりやっているけど、まだまだいろいろなフィールドを見なきゃいけないのかも、見るチャンスがあるのかも、と二つ返事でお引き受けしました。
―縛りを解いてみて、どうですか?
全く使っていない脳の分野を使う感じが楽しかったです。
経験が少ない分、どこまでやれば良いのか、思考の止め場所がわからない。だからこそ思いっきり走れて爽快でした。
たとえば僕は思考のタンスの中でよく使う棚があるんです。そこは会話劇、言葉、舞台などの話の発想が入った棚。そこからはもう、頑張れば永遠に出てくるんですよ。でもその隣の棚はあんまり使わないから建付けが悪い。……開きづらいし、開けたところで入ってない!みたいな感じ(笑)
―(笑)引き出しの建付けがよくなった感じはありますか。
もっといろいろ開けてみたいな、と思いました。その都度必死になってやってみたら、自分の想像の範疇では考えられないところに行けるのかも。挑戦したことで、今まで見てこなかったものに興味が湧くようになりました。僕は本当に舞台も見ないし、決まった映画しか観ないんですよ。あんまりインプットしないんですけど、新しく映画をいろいろ見てみようと思いました。
―ちなみに決まった映画って何ですか?
『いまを生きる』『ショーシャンクの空に』『セブン』ですね。ドラマは作業中ずっと流していて、『白い巨塔』『古畑任三郎』『タイガー&ドラゴン』『リーガル・ハイ』。どの作品も、お話の構造やシステムづくりにエポックメイキングではないにしろ発明があります。加えて役者の演技、放映された時代の中での立ち位置の塩梅が考えられていて、渋くて好きです。
―若手クリエイター、監督の卵たちにアドバイスをお願いします。
演出部の統括として若い方たちとお話するんですけど、業界的に名前をよく聞く人たちに共通するのは、度胸と自分なりのアンチテーゼがあるということ。よく言えば「意見」、悪く言えば「不平不満」のしっかりある人が、対等に先輩たちと話している印象があります。
不平不満は誰にでもあるけど、それをどうパッケージして言語化できるか。自分のうちにある気持ちを、一枚絵にするのか、演じるのか、音楽にするのか、プランニングで出すのか。どの媒体だとしても現状の具体化が必要です。
すべての仕事は、「説明」だと思います。伝えようと意識した時に出るのが個性だとも思います。自分の感じた「なんかいいな」というまだお金にならないものに、どれだけ言葉や共感性を添えて出して、金額を吊り上げられるか。「なんかいい」をどう説明するのか、売っていくのか。社会に出たからこそ、今一度自分に向き合ってみるのがいいのではないでしょうか。
今、僕は幸運にも自分がずっと観てきたCMをつくった方々とご一緒する機会があります。その方々の話を聞いていると、思考を突き詰めて形にしていく力がものすごい。言葉一つ一つを武器にして人に伝えています。
仕事に対して、若い方にはさまざまな価値観があると思います。もし、モチベーションが落ち込んでる方がいるならば、いずれ「すごい人の思考を知れる」機会がくる未来を思い浮かべてみてください。そこでは、行ったことのないもっと大きい世界が見られると思います。そのフィールドで、今や媒体として短命になってしまった「広告」にもかかわらず、何十年も誰かの心に残るようなものがつくれたら、本当に素敵です。僕も、それを目指していきたいと思っています。
忙しい日々の中、忘れがちなのは根本的な「自分は何が好きか」です。自分を選んでくれた人に大手を振って、時には自信ないけど振るふりをして(笑)、自分の素敵だと思うことや、プロジェクトに対して感じたものを素直に話してみてください。
―みんながつい共感してしまう物語ができる秘密に迫ることができました!
本日はありがとうございました!
泉田 岳
(CMディレクター/脚本家)
会話劇の構成力を武器に、心の機微を描く広告表現を数多く手がける。主にCMを中心に活動し、企画・演出の両面で高い評価を得る。
これまでにACC、ADC、TCCなど各分野で賞を獲得。人間味とユーモアを融合させた演出スタイルが持ち味で、主催する劇団ドラマティックゆうやでは独自のユーモアと哲学的な視点で、現代社会を軽やかに風刺する会話劇の舞台作品を生み出している。
言葉と間の美学を探り続ける、次世代の映像監督。




