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コンペは、自分と社会の可能性に気づかせてくれるもの

―コンペに参加するようになったのはなぜですか?

 入社した時は営業に配属だったんです。クリエイティブをやりたい気持ちはあったので、営業として働きながらコンペに参加したり、講座に通ったりして「私だってクリエイティブできます!」というアピールをしました。異動できたのは2020年でしたが、このときのアピールがきっかけになっていたと思います。

2022年度ヤングライオンズ予選のアイデア。
課題は「クリエイティビティの力を使って、先進国で孤独を抱える人を減らす」。

 コンペ参加に否定的な意見もあると思いますし、それは理解しています。私自身もヤングライオンズで社会課題に向き合いましたが、実際には日々社会の中で自分がどう行動するかの方がよほど大事なことだと思います。たとえば差別が目の前で起きたときに、どうアクションできるのかの方が、コンペよりよっぽど大事ではないかと。そのとき、コンペに挑戦する価値はあるのかと悩んだこともありました。
 一方で、改めてクリエイティブを審査する場に積極的に出ていく重要性も感じました。そこで評価されたものが、世の中で「よい」とされていくから。「まだスタンダードではないけれど、社会に広めていくべきこと」を人の目に触れるところに出すことに価値があると考え直して今があります。

―僕も、賞には未来の方向性を指し示す役割もあると思ってます。しかも、ヤングライオンズで出したアイデアが実際に使用されるかもと聞きました。

 ヤングライオンズ本選では、「I Am Antiracist」キャンペーン※2の告知ビジュアルを作成したのですが、コンペ後にクライアントであるユネスコさんが私たちの作品に興味を持って、連絡をくれたんです。最初は迷惑メールかと思いました(笑)。この経験からも、コンペに関して「評価されて終わりなんでしょ」とあきらめたり、見限ったりしないことの大切さを知りました。「コンペと業務は別」と考えていたら、こうやって声をかけてもらえるクリエイティブをつくれなかったかもしれません。相方とも、実際に使われても問題のないものを出そうと話し合っていました。たとえコンペでも、使われたときに責任を持てるものを出そう、とその前提は大事にしています。

※2)ユネスコが展開する「I Am Antiracist」キャンペーンは、日常的な場面で遭遇する人種差別に、被害者・傍観者としてどのように対処できるかを描いた短いビデオクリップを若者から募集するという内容。

―すばらしい。賞というと奇をてらったり、賞としておもしろいものを出そうとなりがちです。

 バランスが難しいですよね。もちろん、自分がいつかやってみたいと思っていたアイデアを爆発させられる場でもあると思うので。真摯に向き合うという思考だけだと、だんだんユーモアを封印する方向性になってしまいがちです。けれど、あくまで手段はユーモアだという意識は忘れたくないですね。違和感や気づきをそのまま真摯に伝えるのも大事だし、ユーモアにくるんで伝える技術は、広告クリエイティブならではのもの。今は、そこをちゃんと勉強しようというところに行きつきました。
 コンペに参加するようになって得たことはたくさんあります。これまで小さいものも含めて10以上参加していると思いますが、負けてしまったときも、毎回振り返りをして、勝ち上がった作品から学ぶようにしています。「視点は間違っていなかった」という確認や、「表現のジャンプで負けた」という自分の表現の幅の狭さを自覚するとかも大事ですよね。
 そういったことを繰り返し、昨年あたりから徐々に結果に繋がってきました。今は、店舗デザインや展示を開くことにも挑戦しようと思っています。実績のない領域から、いきなりお仕事をもらうことってなかなか難しいですが、コンペならチャレンジできる。小さくてもいいので、形にする。そういう意味では、コンペを起点に領域を広げていくやり方もおすすめです。

実感からつくる。そして、スタンスをもつ。

―「I Am Antiracist」キャンペーンの告知ビジュアル作成という課題を受けて、どうやってアウトプットにもっていったのですか。アイデアの起点は。

 テーマは「人種差別」で、自分や周りの人の経験を思い出すことから始めました。相方の妹が留学先で、「I am not racist, but(私はレイシストじゃないんだけど)」と前置きつきで差別的なことを言われたという話をしていて。
Z世代は何にでもスマホを向ける習慣があるけれど、このbutの後には向けられてないのではないかと。「見せかけの否定の後にくる差別を見過ごさないように記録していこう」ということを企画の柱にしました。

 ただ、現地の審査委員からは「母国語で表現した方が強く出るクリエイティブだ」とフィードバックをもらいました。正直、その見極めは難しいなと感じました。
 もちろんワールドワイドに通じるかという視点は大切だけれど、“世界のどこかで言われている課題”として社会課題に言及するのはやめたいなと思ったんです。自分たちが経験していること、また話を聞くことを通じて追体験できていることをきっかけに、自分たちの課題として考えることが大事。そこは今回、挑戦できたと思っています。

―ヤングライオンズもそうですが、コンペに勝つことで仕事は広がっていますか?

 会社に副業申請をして、フリーのコピーライターとしても活動しています。SNSで自分の意見やスタンスを発信しているので、そこからお声がけいただく仕事もあります。私のカラーやスタンスを知って、話をいただける機会も増えたので、とても有り難いことだなと思います。

―賞を獲るだけではなく、発信をしているから好循環が生まれている。

 受け手の反応がすべてだとは思いつつ、自らの考え方やスタンスを開示することは大事だと思っています。クリエイティブに対峙するスタンスが明確であれば、同じスタンスの熱量のある人が集まってきてくれるというのも実感があります。また、経験や学びを発信していくことで、周りからポジティブな反応をいただける機会も増えました。
ただし、クリエイターとしては、掲げている内容と実力が見合っているのか、を常に気にかけていたいなと思います。

私には、コピーより才能のある領域があるかもしれない。

 ―社会の課題や変わるべき価値観に対して真摯に向き合っている様子がSNSでの発信から見て取れました。気づく力が必要だと思いますが、どのようにアンテナを張っていますか。

 大学では哲学科にいたので、ものごとを疑うこと、「これが本質なのか」を問う批判的思考が身についているのかなと感じます。当たり前に思われていること、誰も疑わないことにいかに疑問を持てるかという力はそこで養われました。

―大事な視点ですね。でも、せっかく提示したものがいろいろな事情によって曲げられてしまうことも多いじゃないですか。自分の中での折り合いはどうつけていますか?

 だからこそ、疑える領域を保とうとしているのだと思います。クライアントが「これでいいのだろうか」と疑問を持った時には、一緒になって疑うようにしています。また、自分が流されているなと感じたときには、別の領域でバランスを取れるようにしたり、工夫しています。

―講座を受けてインプットしつつ、会社はもちろんコンペとフリーの仕事で領域を広げながらアウトプットしている。今後20代残り半分をどう過ごしますか。

 自分が持てた違和感をクリエイティブを通して、開示していく。自分の中にある違和感が、実は社会の課題だったりする。そういった部分を見つけて、開示して、変わるきっかけを少しでも生み出したいです。
 そしてクリエイティブをやっていくにあたって、自分がちゃんと生きるということが大切だなと思っています。おいしいものを「おいしい」と思って食べるとか、怒りを感じたことにきちんと怒るとか。感情の向いている方向を大事にすることを、20代のうちに特に大切にしたいです。
 クリエイターとしての手段に関しては、ことば以外の表現手段を追求してみたいです。自分の表現の原点は踊りで、今はことばになっている。じゃあ次はなんだろう、と。表現手段はたくさんあった方がいいと思うんです。例えば音楽とか、空間のデザインとか、その探求がまだできる時期なので、頑張って探していきます。もしかしたらコピーより才能のある領域があるかもしれませんから。

―素晴らしいなあ。刺激を受けました。本日はありがとうございました。

text:矢島 史

飯島 夢(いいじま ゆめ)
Septeni Japan
クリエイティブディレクター/コピーライター

違和感を出発点に、社会の生きづらさに抵抗するクリエイター。
悪い影響力を持つ広告表象に警鐘を鳴らし、広告クリエイティブの批判的な実践を行なっている。
上智大学文学部哲学科を卒業後、Septeni Japanに入社。営業経験を経て、クリエイティブ本部へ異動。
2022ヤングライオンズ日本代表(プリント部門ゴールド)、第13回販促コンペゴールド、第59回宣伝会議賞協賛企業賞など。