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子どものもたらしたもの
インプットのもたらしたもの

―仕事を始めてから、ターニングポイントはありましたか?

電通時代に、仕事仲間のにしかわ©ともみさん(絵)とつくった絵本『いま めが あったよね?』(ブロンズ新社)。子どもができたからこそできたものであり、つくりたいと思った作品。主人公は息子さんがモデル。

 一番大きいターニングポイントは、子どもが生まれたことです。
映画を観たり本を読んだりというインプットに時間を割けなくなりましたが、その代わり子どもと接するときに今までにない発見がありますね。そして子どもは本当に理不尽だから、仕事で理不尽だと思うことに遭遇しても「たいへんだなっ」くらいに捉えられる。子どもに対応しているうち、仕事のストレスがなくなってきました。どんな人でも、子どもに比べれば全然、話せばわかってくれる可能性があるし(笑)。
 以前は仕事しか見えていなかったけれど、いい意味で一歩引いて捉えられるようになったんだと思います。大事なものがもう一つできた、という言い方もできるかもしれません。

 そして、世の中にとっていいものをつくりたいと思うようになりました。子どもとの関係性が、つくるものとその視点を変えることに功を奏したと感じます。そしてその考えは、今の会社と合致しているところがあって。ECDはよく、「インサイトはなんだ」と話します。たとえば水筒を高校生に売りたいとしたら、「この水筒の売りはどこだろう」と考えるのではなくて、水筒を利用する高校生の気持ちに寄り添って、抱えている問題を解決するようなクリエイティブをつくろうと考えます。おのずと、世の中の問題を解決しようとしたり、人をちょっと前向きにしたりというクリエイティブがつくりやすい環境です。社会をちょっと動かすクリエイティブをつくる。そういう広告がいらないのなら、私たちとはお付き合いはできませんというスタンスをクライアントさんに対しても徹底しています。

―転職したのは、そういう意識の変化が関係あるんですか?

 いえ、英語を使っていろいろな人と仕事をしたいという、小学生みたいな理由で(笑)。シンガポールにいたときに“いろいろな国の人がいて、違う考え方がある”という原体験があって、そういう人たちと英語という共通言語で日々を過ごす楽しさを、ずっとどこかで捨てきれなかったんです。実際、今いろいろな国の人と文化祭のようにつくっている楽しさがあります。大変ではありますが。

―ターニングポイントになった仕事はありますか?

 宝島社の新聞広告「死ぬときぐらい好きにさせてよ」はターニングポイントになる仕事でした。あれはオリエンがあってないようなもので、宝島社の発信によって世の中の溜飲を下げよう、世の中がもやもやしていることをスッキリさせようという大きな軸だけがある。だから、今世の中が何にもやもやしているのかを探す作業が大きなところでした。
 祖母が亡くなったのをきっかけに、“年をとって死ぬこと”というのが自分のテーマにありました。でも終末医療や延命治療についてきちんと考えたことがなかったので、この機会にものすごく本を読んだんです。命の在り方、死ぬとは、それを最先端のテクノロジーでどう捉えるかとか、大量にいろいろな本を読みました。それくらい読み込んで咀嚼しないと、あのコピーは書けませんでした。

―その大量のインプットにノートは使いますか?

 全然使いません。読んでいるときは本に集中するので、ノートも取らないし、付箋もつけないし、線を引いたりもしません。本そのままの表現に縛られてしまいそうで。
 宝島社では形にならなかった企画もいくつかありました。そのたびにめちゃくちゃインプットをしました。憲法の全文を宝島バージョンに書き換えようという企画で憲法を読み込んだし、移民や戦争の問題についてもプレゼンしているので、そのたびにすごい量の資料を読んで。でも、メモは一切取らないんです。

転職で得たものを、何かの形で活かしたい

―今後、こういう仕事がしたい、という目標はありますか?

 時とともに変化して、一貫していないんです。「しっかりした商品広告つくるぞ」と思うときもあれば、今は子どもがいて転職して「人の心をいい方に動かす仕事がしたい」と思う。そして以前ほど、「言葉でなんとかしたい!」という気持ちが強くなくなりました。チームワークでやっている感覚があるので、「コピーでなんとかしてやらぁ!」みたいな意識がいい意味でなくなりました。
 直近で言うと、大きいキャンペーンが動いているのでなんとか成し遂げたい!という気持ちがあります。転職してこのクライアントのキャンペーンを手掛けるというのが目標だったので、これが終わったあと何を目標にしようかと考えています。
 仕事とは少し外れますが、絵本をつくったことがあるので、今度は児童書にチャレンジしてみたいです。
 子どもと一緒にいる時間は専業主婦のお母さんたちに比べると少なくなってはしまうのですが、そのぶん子どもとの限られた時間の中で得られる視点を何か表現の形に昇華させたいと考えています。
 「いま めが あったよね?」も、散歩中に寄り道ばかりしている息子を見て思いついたお話だったりします。

―賞について思うことはありますか。

 若いころは新人賞がほしくてたくさん応募していた記憶があります。賞を獲らなきゃという気持ちがあった。ACCやTCCの賞を獲った後は、そんなに興味がなくなりました。獲ったらプロフィールに書けるのがいいところですね。コピーを売りにしている人なんだというアイデンティティを下支えしてくれる。
 とはいえ、自分から「コピーの人」と意識的にブランディングをしているというよりは、自分のやり方でやっているうちに、その仕事を見た人がコピーが中心になるような仕事のときに「あのコピーを書いたあいつに頼もうかな」と話をくれる、というのが続いているのかな結果的に自分の好きなスタイルに集約されていっている気がします。

―最後に、若手クリエイターへのメッセージをお願いします。今は転職する人やフリーになる人が多くて、身の振り方を悩む人も多いと思うんですよね。

 私がポジティブな人間で、人間の生存能力を信じているんです。人間って、どこに行っても自分でその場所を心地よくする努力をすると思うんです。だから「ここに行ってうまくいかなかったらどうしよう」と悩んで動かないより、自分の生存能力を信じていろいろ試した方が楽しいと思います。反対に、みんなが転職しているからって自分もしなきゃということもない。“身の振り方”を気にする必要はあまり感じません。
 どこにいたとしても日々その場所をよくしていこうと努力することの方が大事で、転職したりフリーになったりしただけで日々が好転するわけはないと思います。そりゃそうですよね。実際、転職して大変だったこともかなりありましたし(笑)。
 なので周りの人が身を振り始めたからといって、自分も身を振らなきゃ!と思う必要は全くないなと思っています。

text:矢島 史

太田祐美子(おおたゆみこ)
Wieden+Kennedy Tokyo/コピーライター

現在、ワイデン+ケネディ トウキョウに勤務。最近の仕事にNike Japan, NIKE塾キャンペーンなど。
本業のかたわらで、絵本『いま めが あったよね?』(ブロンズ新社)を執筆。一児の母。
家族仲良く、職場も楽しく、毎日を生きていきたいです。