
Vol.21
タレント
井上 咲楽
テレビタレント、料理家、マラソン・トレイルランナー、選挙ウォッチャー、YouTuberなど、マルチタレントという枠には収まり切らない多様な領域で活動を繰広げ、注目を浴びる井上咲楽さん。「タレント井上咲楽」は拡張し続け、その足を止めない。一体どのようなプロセスで今の「井上咲楽」はできたのか? 見えてきたのは、周囲の期待に応えようと懸命に食らいつきながら、かたくなに自分の感性を貫く実直な挑戦者の姿でした。
みんなに小さな驚きと安心感を
時代が求める「井上咲楽」みたいなタレント像
誘われたからやっている、
でも根底にあるのは 「目立ちたい」「驚かせたい」
―トレイルランニングの大会『奥信濃100』完走おめでとうございます。始めてから100㎞に挑むまでが早い!いずれ100マイル(約160㎞)にも、とおっしゃっていました。そのバイタリティはどこから来るのでしょう。
3年前に番組で初挑戦して50㎞を走っているので、このタイミングでの100㎞は順当かなあと思います。今回は、プロトレイルランナー宮﨑喜美乃さんのチームにお声がけいただいて走ることになりました。しんどかったですね……100マイル挑戦は、もう、10年後とかずっと先の話です。
―踏み込んでいくときに、躊躇はないんですか?
基本的に、自分から「やろう!」というものはないんです。挑戦できる環境がたまたまあるところに、「こういうことやってみませんか?」と誘ってもらうことが多くて。私にはとくに好きなことも趣味もないので、「じゃあやってみようかな」と始めてみることばかり。挑戦したい!というよりも、「その道の人がやってみなよ、向いてるよと言うんだからそうなのかな」「難しそうだけど、できるのかもな」という感じで始めるんです。
―それは意外です!でも山の中を100㎞走るなんて、生半可ではないと思うのですが。マラソンにしても、毎回自己新のタイムを目指して――。
トレラン100㎞のときは、チームから「それじゃ完走できないよ」と言われるくらい圧倒的に練習不足でした。『ランスマ倶楽部』という番組でマラソンするときも、自分で「タイム追いたいです!」と言ったわけではなく、番組から「自己ベストを出す企画をしませんか」と言われて、それじゃあやってみようかなという感じ。全部、そうなんです。
あとは、更新していないとちょっと不安になってくるんですよね。周りの人に「もうちょっといけると思うよ」と言われたら、じゃあいけるのかなとも思うし。練習はしんどいしめちゃくちゃ嫌なんですけど、決まったメニューをこなしていくのは自分に向いていると思います。「それをこなしている自分」でありたいんです。
料理本を出すとなったときも、「できるよ」と言われると「いやできないんですけど」と思うのだけど、「プロが言うならできるのかな」と揺れながら進んでいる。料理本を出すタレントはたくさんいるから、そこで括られるのは嫌だなとも思いました。だから、1冊目の料理本は表紙に自分の顔を出していないんです。豪華な料理も載せず、「地味な豆腐の表紙にしてやる」みたいな(笑)。ちょっと裏切りたい。
もしかしたら、「料理したい」とか「マラソンで自己新を出したい」というよりは、「意外!」と思ってもらいたい、人を驚かせたいというのが原点なのかもしれないです。
―「挑戦できる環境がたまたまある」。マラソンでいうと、もともと長距離をやっていたからということですか?
そうですね。さらに元をたどると、小学校の時にがんばっていたシャトルランが始まりで。目立つほうではなかったので、みんなを驚かせて目立ちたいがためにがんばって走っていました。マラソンも、目立つための手段ですね。中学校で陸上部に駆り出されて走らされて、芸能界に入ったら事務所にマラソン部があったので入ってみた。すると「走る番組に出ないか」となって『ランスマ倶楽部』のMCになったんです。
配信チャンネルを持ったら、崖っぷち感がなくなった
―ご自身のYouTubeで、100㎞を走る様子も発信されていました。あんなに自分を晒すのって、すごい勇気だったと察します。
文句言ったり、泣いたり、過呼吸にもなって…。走りながら「さすがにここは使えないな」と感じる部分もあったんです。テレビの企画であれば「無理させて危ない」と批判が絶対に来ますよね。でも自分で発信しているYouTubeの醍醐味で、視聴者から「かわいそう」なんていうコメントも来ないし、やらされている感が出ません。そこまで出せるメディアを持っているのは強み。自分の責任でできるから、妙なコメントはすぐ消しますしね(笑)。
―YouTubeの開設は、意外にも昨年なんですね。
身近な人から「おもしろい生活してるんだからやりなよ」と言ってもらってはいたのですが、出遅れた感があって「今さら」「バズらなかったら恥ずかしい」という気持ちで二の足を踏んでいたんです。ただテレビは自分を発信するというより「言ってほしいこと」を考えながら話す場所。でもそこで求められたままに元気にしていると「うるさい」という批判をもらってしまうジレンマがありました。
そんなとき、平成ノブシコブシの吉村さんから「テレビに慣れてきたら、ほかのこともやったほうがいいよ」とアドバイスをいただいたんです。その言葉で踏ん切りがついて、自分や家族の日常そのままを配信するようになりました。これが、本当によかったなと思って。
それまではテレビに出る仕事ばかりだったので、これがなくなったらどうしようと崖っぷちにいるような焦りがありました。世間からは「うるさい」、先輩からも「でしゃばりすぎかもよ」と忠告されてしまったり。でも、20代前半で元気じゃないタレントなんてナシじゃないですか。力が入りすぎて、空回りして、毎回毎回すごく反省しての繰り返しで…。
それが、YouTubeで普段の様子を見せるようになったら、うるさいと言われることが少なくなったんです。「意外とこんな人なんだね」という声をたくさんいただいて。テレビでもいい意味で力が抜けて、落ち着いて取り組める。とはいえ、テレビは元気にいきますよ。テレビで普通にしゃべっていたら、映り方が全然変わってしまうので。
"タレントの料理本"にはしたくない
プライドと、コンプレックスと
―料理本の2冊目が出ますね。
1冊目の『井上咲楽のおまもりごはん』の編集者さんは私を見つけてくれたけど、世間的には私と料理は全然結びつかなかったと思います。ぺえさんのYouTubeに出て料理をしたことで、「意外とごはんつくれるんだ」「レシピ知りたい」と反響をいただけた。自分のYouTubeでも料理のシーンを発信するようになったことで、つながっていった感触です。
そもそも、料理をひけらかすってなんか恥ずかしいな…という意識があったんですよ。昔からずっと料理はしていたけれど、地味なメニューばかりだし、おしゃれな料理をSNSに載せている人たちを斜に構えて見ているくらいでしたから。でも見出してくれた人がいるのだしと思って…。"所詮はタレントの料理本"と見られないようにすべてのレシピをしっかりと自分で考え、表紙に顔を出ませんでした。周りの人から「タレントの料理本じゃなくて、ちゃんとした料理の本だね」と言ってもらえて嬉しかったです。(※第12回料理レシピ本大賞 ニュースなレシピ賞受賞)
―エッセイ『じんせい手帖』でも、ご自分のことを「内気なのに頑固」と認めていらっしゃいますものね。
実は、『井上咲楽のおまもりごはん』というタイトルは納得いっていなかったんです。出版されてもしばらくブツブツ言ってたんですけど(笑)、今となってはいいタイトルだな、従ってよかったなと感じています。
今度出る2冊目の料理本(オレンジページ『井上咲楽の発酵、きょう何作る? 何食べる?』)では、あれこれ検証してくださったので従って、表紙に顔が載りました(笑)。レシピのほうはだいぶ自由にさせていただいたので…。
―『じんせい手帖』の中で、「番組をつくる大人」「大人の判断」など、大人という表現が随所に出てきますね。今のお話も「大人に従ってみよう」ということでしょうか。ご自身と「大人」をはっきりと区別されているように見えます。
今でも自分が普通に社会に出ていないことに、すごいコンプレックスを感じているんです。私はそうはなれなかった、あそこで働けないからここにいる、と。もちろん望んで入った芸能界ですが、毎日会社勤めしている友人にも大きなコンプレックスを感じてしまう。だから、そういうすごい人たち(大人)に壁をつくってしまうところがあります。
―でも井上さんのしていること、ほかの方にはできないじゃないですか。
いやいやいや、そんなことないです。
―井上さんがもしマーケティングやPRをされたとしたらとても優秀だったのでは、と想像します。オーディションでは、ミスタービーンのものまねをしたり、スルメをくわえて芦田愛菜さんのものまねをして特別賞*。その時点でもうピンとくるものが…。
いやいやいや、どうせ受からないなら、印象に残るようにというだけで…。
―発酵食に昆虫食、終活アドバイザーにも取り組んで、ただものじゃないぞと思いました。選挙ウォッチもご自身の武器になっている。フラグの立て方がすごく高感度なんだなと驚かされます。お仕事の幅の広さの秘訣なのでは?
いやいや、いやいやいや…。
*2015年第40回ホリプロスカウトキャラバンで特別賞受賞


