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箭内: お話うかがってると、「使命としての欲望」じゃない印象を受けます。欲望がとめどなく湧き上がって来て、本能をさえぎることはされてないのかなと思ったんですけど。

操上: 自分から「何かをしなきゃ」なんてあまり思わないですね。だってそんな暇ないしね?

箭内: そんな暇ない…(笑)。

操上: 「せっかち」っていうのはあると思います。じっとしてられない性格なのかもしれない。「今日は本読もう」なんて思ってても、いい光が入って来たら「おっと、いい光だな」ってなるじゃないですか?

箭内: そうなる人、あんまりたくさんはいないと思いますけど(笑)。ちなみに操上さん、ご自身より元気な人って知ってます? カメラマンじゃなくても同世代の方で。

操上: うーん、どうなんですかね?

箭内: ぶっちぎりで独走している場所から見える風景ってどんな感じなのかな? と。後ろ向いたら「あれ? だれもついてきてない」みたいなところあるじゃないですか。

操上: 大丈夫、後ろ向かないから(笑)。後ろ見ちゃうとヤバいじゃないですか? 前をやることが大事なんで。ここ(箭内氏のオフィスの壁)に「ロック」って書いてあるけど、前を見て歩くことがロックですよね?

箭内: いや、ロックだと思いますよ。 さっき10代のモデルさんや若い人たちにも接する機会があるってお話されてましたけど、操上さんから見たいまの若者たちってどうですか。

操上: そんなに若者と僕は変わらない気もして。

箭内: やっぱり…。それですね。そこはひとつ大きな秘密なのでは?

操上: そんなに差は感じない。もちろん、言葉遣いや感覚、欲望のありどころなんかはかなり違うと思うから、その意味では差だらけなんですけど、そんなことイチイチ比較しても仕方ないですよね。
彼らにしても、オレみたいなジジイが「何考えてるんだ?」なんてことに興味ないでしょう。「この写真はどう撮ったか?」みたいな話ならいいのかもしれないけど。そういう世代に何か参考になる話をなんて、そんなことだいたいおこがましいじゃないですか。

箭内: ACC的には「そういうのも面白いかな?」とちょっと思ったんです。

操上: 自分の若い頃のことで言うと、自分の写真をこう思ってましたね。「人にわかってたまるか!」と。「広告だからみんなにわからないと困ります」なんて言われても、「わかるわけないじゃない?」って。
「オレが色々悩み、それだけ苦労もして、こんなドラッギーな時代を生きてる。そんなヤツが撮った写真が、団地に住んでる奥さんたちにわかるわけないじゃない? オレはそういうことに絶対迎合できない。独断的なものは作れるけど、『皆さんにわかるように』なんて写真は撮れないから、それだったらオレに頼まないほうがいいよ」って言ったことがあるくらいだから。でも「これだったら伝わるんじゃないか」ってみんな思って作るんですよね?

箭内: まあ、わりとそう教えられる人は多いでしょうね。

操上: 僕の場合「わかってもらっちゃ困る」ってことなんですけど。

箭内: 「わかってもらえなくていい」じゃなくて「わかってもらうと困る」と(笑)。確かに「わからない」ということも、そこに関係が生まれている状態ではありますからね。無関心ということではないから。ちなみにいまはどうですか? いまも「わかってもらっちゃ困る」と思ってるんでしょうか。

操上: いや、オトナになってますから(笑)。そんなバカなこと言わないですけど、「わからないだろうな?」という方向には進みますよね。「共通にわかる記号」しかいらないと言うなら、オレがやらなくてもいいと思うから。
一般の人でも潜在的に眠ってる感覚ってあると思うんですよ。そこをちょっとつついたら、目覚めて色っぽくなるってあるじゃないですか。そういう“刺激”を作りたいんですよね。それだとふつうにロジカルなものを作っても結局ダメで、それを超えたものになってないと。この仕事ってそこが面白いと思うんです。
もちろんビジネスですから、ロジカルなものをキレイな枠に収めて完成なんですけど、そこにどれだけの毒をふくませられるか? っていうのが作る楽しみじゃないですかね。

箭内: 操上さんはいつくらいにオトナになられたんでしょう?

操上: わかりませんけど、かなり我慢強くなったんじゃないかと。ビジコンが導入された段階で、これはヤバい、ここで我慢できなくなったら終わりだなと思ってましたね。ビジコン見るとみんな色々言うじゃないですか? いまはデジタルだから、スチールの撮影でも後ろから必ず聞こえてくるんですよ。「操上さんもっと引いてください」とか「笑顔もお願いします」なんて。
「撮ってる最中にうるせえよ!」と思うんで、つい「黙らせろよ」なんて言いながらも、「そうか、やっぱり笑ってるほうがいいんだな」とか、「ADは引いた画がほしいのかな?」なんて優しくなったり(笑)。昔は「なんでオレの写真切るんだよ!」ってタイプだったんですけどね。

箭内: なんていうんでしょう? 僕がもしその仕事でアートディレクターだったとすると、ほんとはチャンスなんですよね。操上さんが自分のイメージと違う、トリミングできないものを撮ってくれることで、「その写真で何ができるか?」に向き合わないといけないので。そうやって代理店の制作者たちを育てて来た部分もあるんじゃないですか。結果的には?

操上: 結果的にそうなったこともあるでしょうし、「アイツ使いにくいからもういいや」っていう場合もあるでしょうけど(笑)。
撮るときに僕、基本、三脚を使わないんですね。ほとんどの仕事を手持ちでやってるんですけど、手持ちって真っすぐ撮ろうと思うと真っすぐ撮れるし、カラダの狙い方によっては歪んだりもする。そのときの生理感が出たものが、あとで写真を選ぶときに「これいいな」となるわけで、それを真っすぐにトリミングすると全然つまらなかったりするんです。やっぱり肉体で「つかむ」「反射する」ということを第一条件にしてシャッターを押したいと本能的に思ってますし、そういうのがモノを作るときの理想ですから。
で、前に「オレに高いギャラ払って、なんでお前の言う通りのことやらせるんだ。オレにちゃんとやらせろよ」って言ったことあるんですけど。

箭内: それ、いい話ですね。ふつう逆ですから(笑)。「高い金払ってるんだから言うこと聞いてよ」という人が多そうです。
今日は過去の話はなるべく聞かないようにと思いつつ、ひとつ前から聞いてみたかったことが。操上さんは写真ひとすじのように見えながらも「ピラミッドフィルム」や「P-THREE」という制作会社を立ち上げてますよね。確か僕がこの業界に入った頃、90年代くらいにP-THREEができたのかな? で、「こんな面白そうな場所を作った人が写真家なんだ」というのが、若い自分にとってはちょっと意外だったというか。「操上さんが事業を興したり、場を作ったりするのと写真を撮ることの兼ね合いってどうなっているんだろう?」とずっと不思議だったんですけど。

操上: あれは僕は事業を興したわけではないんです。いわゆるフリーランスのカメラマンや演出家って、プロダクションからの発注で仕事が来るじゃないですか? で、70年代にそのことによる不都合も色々経験して、「やってられないな、この業界は」と思い、これからもフィルムをやるんだったら、「自分がやりたいようにやれるプロダクションを作ろう」と思ったのが始まりで。

箭内: 不都合っていうのはたとえばどんな?

操上: まだ1ドル360円の頃だったんですけど、海外ロケ行くとプロデューサーは現ナマ持っていくんですよね。いまみたいにカードで支払えないので。で、現ナマ持ってウロウロされるのが目障りで仕方ないんですけど、「僕ら信用がないからキャッシュで払ってるんです」なんて言う。そんな時代ですから、途中でお金なくなっちゃったりね。まだ撮影が残ってるのに「予算がなくて」なんて言ってくるので、「いや、コンテにこう描いてあって、これを撮ろうという話で準備してるんだから、お金持ってきたでしょ?」って言ったら、「いや、実はなくなりまして…」なんてことまであったり。

箭内: いまでは考えにくい話ですね。

操上: うん、そういうこともあって、とりあえず10人かそこらの小さいプロダクションを作ろうと。でも、人間ってプロデューサーになるとアシスタントがほしくなるし、そうなるとプロマネから育てないといけないじゃないですか。そしたらあれよあれよと思う間に広がって行って、「ヤバいなこれは」と思ってたんですけど。
だから事業をやりたくてやったんじゃなく、最初はオレがいい仕事ができる場を作るためで、次に人を育てようと思ってああなっていったんですよ。