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2022年 春 グランドオープンのAOSHIMA BEACH VILLAGE:https://aoshimabeachvillage.com/

「官民連携」というより、「人と人」

 どんな相手と仕事をするにしても、共通言語のすり合わせが必要です。その必要部分が最も多いのが行政なのではないでしょうか。伝えたいことの文脈を、そもそも持っていないことが多々ありました。けれど結局、人なんですよね。本当に熱意のある、理解のある市の方々と出会えたから、できたことでした。
 「官民協業しよう」という始まり方では難しい。「青島を、海外で見るような人の笑顔が集まるビーチにしよう」という提案に乗ってくれる人がいたからできた。「いいや、海の家です」というところから動かない人ではなかった。
 最初に「海の家」と言われたときにそのままつくるのではなく、本質的にそこに何が必要なのかと考える癖は、17年広告会社にいて染みついています。あとは僕が本当にビーチが好きで、理想のビーチが頭の中にクリアにあったので軸から提案できたんだと思います。

 それでも、行政と組まなければ理想のビーチは実現しなかった。官民連携のよさは、なんといってもこのダイナミクスです。民間だけで、この広大な場所を押さえることはできない。
 行政に大きな価値を持つ広い場所があって、でも行政だけではアイデアが出ない。そこに外の力を加えれば活かすことができるのではと、行動を起こしてくれたから実現しました。行政と民間の力がうまくかけ合わせられた、協業の意味がある事業でした。
 「うちの自治体でもお願いします」という声はあるんですよ。でも聞いてみると、予算が余ってるから何かやってくれのような……こうして税金が使われていると思うと腹が立ちます。また受ける人がいるから、意味のないハードができる。それってどうなんでしょうね。

チームビルディングの重要性

 東京から人を連れていくのではなく、宮崎でスタッフを探しました。もともと広告会社にいたころから、若手の新人を使うようにしていたんです。すでに名のある人より、原石を見つけて光を当てたい。評判ではなくて、自分の目で判断したい。会社では異端児でしたが、それこそがだいご味だったんです。
 だから宮崎で、隠れている才能を人づてで探しまくりました。デザイナー、カメラマン、コピーライター……スタッフィングは一番大事なところで、最初にボタンを掛け違えたら、最後まで違ってしまう。
 とくに今回はアートディレクターが大切だと感じ取っていたので、時間をかけて探しました。もうあとはこの人しかいませんよ、と紹介されたのが後藤修さん。作品を見る前から、話し方や服装で醸し出されるセンスを感じて「この人だ」と。根拠のないものだけど、それは積み重ねでしか出てこない直観だったと思います。後藤さんは、今や僕の戦友です。

 僕を青島に呼んでくれたのも人、プロジェクトに招いてくれたのも人、一緒にここまで進めて来れたのも、一緒にやった人々のおかげです。
 官民協業とか地方創生とか捉え方はいろいろあるのでしょうが、すべては「人」。どんな人と組むかがすべてだと感じています。

点から線へ、線から面へ。
青島のグランドデザインは続く

 「AOSHIMA BEACH PARK」は当初の目標通り、地元の方、観光客、サーファー、ヨギー、年配の方から子どもまで、さまざまな海好きが広く集まる場となりました。東京、関西、九州全域、アジア各地からのインバウンドも多数。オーストラリアから移住してきたというサーファーにも会いました。コロナ禍で今は動きが減っていますけれども。
 僕は子どもの教育など諸々の事情で東京に戻ったのですが、パークの隣に新たに「AOSHIMA BEACH VILLAGE」を計画しており、宮崎と行ったり来たりの日々です。すでにパークの方は手を離し、ビレッジのプランニングと両者の連携に注力しています。
 ビレッジで掲げるのは「STAY, PLAY, WORK」。宿泊施設に加えてレストラン、BBQエリア、プールやサウナ等をつくり、今高まりを見せているワーケーション需要にも対応します。もともとコロナの前から、“仕事と遊びがボーダーレスなライフスタイル”というのが自分にあったんですよね。
 このビーチのグランドデザインは、まだ道の途中です。パークやビレッジという大きな点をつないで線にして、さらに青島のほかの場所にも点が増えていき、面を成していく。さまざまな方が加わって、プレイヤーがより増えていく。その端緒をつくっていくのが僕の仕事だと思っています。

【宮崎市の方にもお話を伺いました!】
宮崎市観光戦略課 臼本隼也さん
 2015年にAOSHIMA BEACH PARKができたことで、青島は大きく変わりました。知名度が上がり、町のなかに移住者やお店を始める人が増えました。飲食店をはじめ、アウトドアフィットネスやゲストハウス、短期滞在用の住宅案件を扱う会社など新業態が増えています。
 古くから観光地として有名な場所でしたが、「暮らす場所」として変わり始めています。
 市で検討が始まった頃は、海辺に小屋を建ててというようなイメージでした。それを、「人のたまり場がどこにあればいいのか」「どこからが一番青島をきれいに見せられるか」といった視点で組み立てていただいた。それは行政が苦手とするところです。我々はどうしても、「〇万人呼べる事業」というところからしか入れない。
 「人が心地よく過ごすには」を考えるべきと、強めに言い続けてもらえた結果、行政がたどり着きたかった場所に最短距離で届かせていただけたと感じています。「海水浴に行こう」ではなく、「青島に行こう」と来てくれる人が増えて、それこそが望みでした。
 質を追求すれば数はあとからついてくる。地元のライフスタイル、価値観を変えるくらいの影響力がAOSHIMA BEACH PARKにはあります。

Text:矢島 史

宮原秀雄
AOSHIMA BEACH VILLAGE 総合プロデューサー&統括ディレクター
AOSHIMA BEACH PARK コンテンツプロデューサー(2020)
AOSHIMA BEACH PARK 統括ディレクター(2015-2019)