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~クリエイターわらしべ物語~

新しい組み合わせを広く見つけるための独立

―独立してブルーパドルを設立したきっかけは何ですか?

 「独立がゴール」みたいな風潮があるわけですよ。でも、逆に「本当にそうなのか?」を長らく検証していたんです。辞めずにカヤックという場を利用していったほうがいいのでは、と。カヤックの経営の話にも入るようになったことで、会社はどういうものなのか、この船はどちらに向かっているのかとわかり視点が上がったんですね。上場したカヤックは大きくならなきゃいけないし、そのために大きな利益を上げる仕事をしなくちゃいけない。小さい話でもおもしろい、という仕事の優先順位が低いのは当たり前です。自分の向かうほうとは違うんだなとハッキリして、冷静に独立に向かうことができました。
 僕は体が弱いのでいつ死ぬかわかんないと思っていて、やりたいことを出し惜しみしたくない。「小さい仕事だけどいいよね」を成立させる状況をつくりたかったんです。自分のそういう席をつくりつつ、社会にコミットできるという、おいしいところ取りができる状況を探し続けているわけです。町の歯医者さんとか、八百屋さんにやれることがあるだろうなって。

―何かの記事で、限界と思われている表現やジャンルの可能性を引き出すナメック星人になりたいっておっしゃってました。

 え、やばくない?……ああ、ナメック星の最長老のですね。悟飯に「お前にはまだ可能性がある」って言って。あの感じって、ブランディングしたりコンサルしたりでやってることで。
 菅野(薫)さんとかライゾマティクスさんは、どんどん色々な革新を行なっているけど、その技術は八百屋には落ちないわけです。「デジタルの技術」×「それ以外の何か」という組み合わせで考えると、まだやっていないことがすごい数がある。八百屋に入ったら何かつくれるなっていうレベルで考えると、死ぬほど空いているんですよ。上のほうはお任せします、私はこっちやりますと。
 みんながやっている場所よりも、空いている場所のほうが打率がいいだろうなって。もちろん小さい規模なら自由にやれるというわけではないですよ。ただ、出会える人の幅が広がったんです。溶接に強い町工場のおっちゃんとか、仏像を彫る人とか。「溶接工」×「何か」とかあるよな、と。まだ世の中にない組み合わせを、いろいろ発見したいんです。

―そんな人たちとどうやって知り合うんですか!?

 ウェブで発信しても見てもらえないですからね、出会い方はずっと試行錯誤しています。最近、中小企業にコンサルをしている会社とつながって、今まで機会のまったくなかった業種の人たちにクリエイティブを提供するということが増えたんです。「出会いさえすれば」ってありますよね。お客さんなんだけど、そのスキルを手に入れたとも言えるじゃないですか。溶接ならなんでもできる人とつながっている、仏像を彫れる人とつながっている。形になるのは時間がかかるけど、持っていればどこかで実るかもしれません。

尊敬する人からイイネのもらえる賞

―賞についてどう思いますか。

 若い頃は価値観がそこにありましたから、周りが獲ると「うぅ」となっていましたよ。でも賞の意義は“1位が何かと定義すること”とわかってからは、あまり気にしていません。誰かが誰かを評価してその年の何かを決める、という構造がおもしろいですよね。もちろんエントリーしたものが獲れたら嬉しいですよ。SNSが出てから良くも悪くも評価形態がボコボコに変わって、だからイイネの数とは別のところで評価されると勇気になります。
 今は「評価されていないものの賞」に興味があって、だからACCのブランデッド・コミュニケーション部門は本当にいいですよね。ACCはCMの賞で自分とは関係ないと思っていたのに、すごく不思議な感じがします。審査委員もすごい方々が集まって、尊敬する方々のいる場でイイネがもらえたらいいよなあ。賞は超特化型のSNSみたいなものですよね。昨年、BASEの「5歳児が値段を決める美術館」でブロンズをいただけて、今年も「こんなんどうですか」と1作品出しました。

佐藤さんが手掛ける「息子シリーズ」のひとつ。
息子さんが作った工作や絵を、作った本人が決めた値段で販売するECサイト。

―「5歳児が値段を決める美術館」よかったですよね。

 以前一緒にお仕事をしたつながりで、いろいろ聞くことができて共作に至ったんです。そうでなければECサイトとは違う形でリリースになっていたと思う。広告の在り方として共作というのもいいんじゃないの、と応募しました。受賞したのは意外でしたけど、こういうプライベートなにおいのするものをもっとつろうと再認識しましたよ。バズるものをつろうとしてバズったものを研究しているとみんな似てくるじゃないですか。あれは全然バズることを意識していなかったんですけど、自分がいいと思うものをつくって広告につながっていくことがナチュラルにできたら理想ですね。

「不思議な宿」で空間を手掛ける

―最近手掛けている仕事について教えてください。

 最近プロダクトやサービスの仕事が増えていて、京都に「不思議な宿」という小さいゲストハウスをつくったところです。ぱっと見は普通のアナログな空間なんですけど、裏側にデジタルが入っていてちょっと楽しい仕掛けがされている。つまみで怪奇現象を調整できる「怖い部屋」とか、スイッチがめちゃくちゃ多い「多い部屋」とか。1階のカフェは「たまに動く喫茶店」といって、音楽をオーダーするとその曲に合わせてトイレのピクトグラムや提灯が動くんですよ。宿で、1泊なら許されることがあるなと。プロトタイプ的なデバイスが成立するちょうどいい空間で、いろいろ実験しました。

―空間をやりたかったっておっしゃっていましたもんね。

 そうなんですよ。演劇的なことと近いかもしれないです。デジタルと空間と、その場所でしか成立しないものという。高校、大学と芝居を通じて「その場の要素を活かして表現する」ことをしていて、通じるものがありますね。
 今後は、モノを変えなくても見方が変わるようなルールデザインを手掛けてみたいです。地方行政のアップデートなんかで、「うどん県」と一カ所言ったら「そういうのいいんだ」と日本中がなった。ああいうゼロイチ(0→1)をつくる人に憧れます。ラーメンズや佐藤雅彦さん、レアンドロ・エルリッヒとか、新しい視点をつくる人を尊敬しちゃいます。

―最後に、若手クリエイターへのメッセージを。

 今はコツコツ積み上げて成功というより、“一瞬で”という時代ですよね。そこに合う人はいいんですけど、合わない人は「自分がもともと持っているもの」が正解になる場所を探したほうがいいですよね。僕くはよく、成立した時のパターンを振り返ってレビューするんです。成功経験、失敗経験を毎週レビューして、微妙にその後の行動に活かしていく。すると何が自分にとって「良し」なのか「悪し」なのかが見えてくるし、徐々に自分のいいようになっていくんです。「こうだったから、こうしてみよう」という仮説思考があるかないかは大きくて、僕の知っているすごい人は何かしらそういう仕組みを持っているんですよね。
 最近も、振り返りの結果「マッサージを受けた後はパフォーマンスがいい」とわかって週4でマッサージをかましてるんです。一回5000円するから高いんだけど、その後の仕事効率がよくなるので1日二毛作になるんですよ。そのためにも、電話したらすぐに予約できて腕が確かなお店を知っておくということは大事で。そうやって何が自分にいいかを仮説化していくことは、若い人にもいいかもしれないなあ。

―ありがとうございました!

<Recent Works>

FilmLamp
DVDを照明にするプロダクト。
ピラミッドフィルムクアドラと協業で制作を行った。

text:矢島 史  photo:川面 健吾

佐藤ねじ(さとう ねじ)プロフィール

1982年生まれ。プランナー/アートディレクター。Blue Puddle Inc.代表。「不思議な宿」「アナログデジタルボドゲ」「CODE COFFEE」「変なWEBメディア」「5歳児が値段を決める美術館」「Kocri」「貞子3D2」など、様々なコンテンツを量産中。著書に『超ノート術』(日経BP社)。