刊行物

TOP > 刊行物 > ACC会報「ACCtion!」 > コンテンツの冒険

不可能に挑む理由

―2009年のアルス・エレクトロニカでHonorary Mentionを受賞し、フェスティバルで展示されて、《Common Flowers / Flower Commons》は話題となりました。そして、《Common Flowers / White Out》もアルス・エレクトロニカのレジデンスで制作することになりました。

 元は白かったカーネーションから、遺伝子組換えによって青いカーネーションが生まれたわけです。では、その青いカーネーションを白く戻しちゃえというのが、次の《Common Flowers / White Out》です。実際には、コンピューター上で1から10へのプロトコルを辿ることで白い花を青くできたとすると、「戻る」の操作でまた白く戻せることができます。しかしバイオの世界では、1から2、2から3と、何をするとどんな変化が生まれるかはわかっても、それの理由を解明することはできないので、一度起こった変化を元に戻すリバースエンジニアリングの技術は、ほぼ不可能だといわれています。もし仮に戻れたとしても、それはチャンスオペレーション、偶然に過ぎないので2度と繰り返すことはできないかもしれません。

―不可能だとわかりながら《Common Flowers / White Out》を続ける意図とは?

 アルスの展示で協力してくれた研究者たちが、今も好意でこの実験を続けてくれているんですが、実験の手順と結果をすべて記録に残しています。実験を何回もリピートして、あるときに「うまくいったね」となるのが科学における実験の成功であって、自分以外の人がやってもプロトコルとして間違いがないということを最終的に証明できたことで一度完結します。一つの答えへの集約を目指す科学とは違って、ある意味で普遍的な問題と言えるような大きな問いに対して、無数の答えを誘発する存在がアートだと私は思っています。十人十色という言葉がありますが、私は10人いたら1億通りの答えが出たらいいなと思っていて、大切なのは声なき声を聞いて、様々な答えが出ることでまた次の問いがどんどん生まれることだと思っています。

物語の手法を用いた広告

―答えを提示するのではなくは、あくまでも問いかけを提示するんですね。

 そうです。私の考えを表現することが目的なのではなくて、私は一般代表として、疑問と思うことなどを作品に込めて、みんなが勝手に意見を言い合えるようになるのが理想です。たくさんの答えを引き出すことで、ある種の真理みたいなものが垣間見えるだろうと考えているので。

―広告においても、ものを売ることが目的の直接的な表現から、社会に投げかけを行うタイプのものまでがあります。

 前にネットで見た広告なのですが、momondoという旅行サイトで、いろんな国から人々を公募して遺伝子解析をし、最終審査に通った人が自分の祖先が暮らした場所を旅するドキュメンタリーの映像広告があったんですね*。「俺はドイツ人が嫌いだ」とかいっていたイギリス人が、自分にドイツ人の遺伝子があることがわかって泣き出しちゃったり、「この中にいとこ同士がいることがわかりました」と、突然初対面で全然違う国から人をいとこだと紹介されて戸惑ったり、10数分の映像にすごくドラマが詰め込まれているんです。
 そのショックや感動を紡ぐことで何を伝えたかったのかを考えると、物語なんだと思うんです。数万年や数十万年の歴史を感じさせられたり、オリジナルの自分とは何なのかと突きつけられたり。しんみりしたトーンの映像で期待や怖さが感じられて、これを企画した人はすごいですね。一応広告として「トラベル」につなげているんですけど、いろんなことを考えさせれますから。

* momondo『The DNA Journey』
https://www.youtube.com/watch?v=tyaEQEmt5ls&t=22s

アイドルとしての初音ミクという存在

BCL「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」

―この広告が、遺伝子解析を通して過去から現在までの壮大な旅を紡ぐものだとしたら、金沢21世紀美術館でBCLとして発表した《Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊》は、その反対のようなものだと感じます。
ヴァーチャルなヴォーカロイドの初音ミクの遺伝子を作り出し、人工の心臓の細胞を作って展示したプロジェクトです。

 初音ミクを形成するのに必要であろう遺伝子を作って、iPS細胞ベースの心筋細胞にその遺伝子を入れることで人工心臓となるものを作ったんですが、もちろん「初音ミクの心臓を作ってみよう」と、いきなり発想が下りてきたわけではありません。最初はアイドルという存在が気になって、20年前ぐらいにウィリアム・ギブスンが書いた『あいどる(原題:Idoru)』という本があって、そこで「ヴァーチャルな存在のアイドルが未来には生まれる」と書いてあったのがすごく記憶に残っていたんですね。実際にアイドルは、本人じゃないですよね。演じている。だけど完全にヴァーチャルとも違う。そんな20年前の状況で、ギブスンは現在を予測していたわけです。

BCL「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」

 最初は私も初音ミクのことは考えていなくて、普通にアイドルの遺伝子を取らせてもらって、ハーバードで全解析をしてもらおうと考えたんです。だけどハーバードではアメリカ国籍がないとダメだと言われて、それと、実際の人間のアイドルをやるとなると事務所の縛りなどもきつくて厳しかった。そんな時に、私がイベントに行くと初音ミクの曲でライブをする人と一緒になったり、パートナーのゲオアグが所属する東大のラボに初音ミクの大ファンがいたり、何かと初音ミクと触れる機会が増えてきたんです。そこで初めて「初音ミクじゃないか!」となったんです。

―遺伝子組換えをした木は大学院の卒業展に出品できなかったのに、初音ミクの心臓は展示できちゃうんですね。

 そうなんですよ、いろんな大学の先生に「福原さんはまた無理を言う」って言われたんですけど、金沢21世紀美術館のキュレーターに確認してもらったら、あっさりと許可が取れることがわかったんです。つまり、動物や植物由来の遺伝子組換え生物はラボから出してはいけないんだけど、人間由来の細胞でつくった遺伝子組換えであればいいということなんです。日本はiPS細胞を発明し、再生医療技術として推進させようとしているために、人間由来のiPS細胞なら認可されるわけです。人間だって動物だろって思いますし、初音ミクは人間なのかっていうのもありますが、結局は「やれない」「やっちゃいけない」という固定概念なんですよ。

進歩につきもののHope & Fear

―初音ミクの心臓を作ってみての感想は?

 初音ミクで何かを作るときの条件は、声を変えないこと。それ以外は何してもいいんです。でも、その条件があることで、何をしたところでどう見ても初音ミクになる。存在自体が複雑なんです。調べれば調べるほどインターネット的な存在であり、また遺伝子のあり方と似ていてハマりましたね。遺伝子は物質ですけど、目に見えず、ATCGとかの配列が書いてあるわけではないので、抽象存在のようなものです。それが集まると、一人の人間だったり植物だったりが生まれるわけです。初音ミクの場合も、抽象的な存在でありながら、具体的なイメージが見る人たちに共有されている。
 展示をしたら、初音ミクのファンの方がウェブでまとめページを作ってくれて、結構哲学的なことを語る方がいたり、「このお方は、俺ミクをバイオで作られたんですね」と納得されたり、私が少し発言したら「つくられた方が降臨!」と変に持ち上げられたり、みんなの想像力からさまざまな意見の広がりが生まれました。

―問題提起から無数の答えを誘発する、という意図が結実した一つの形と言えますね。

 今多くの人が、遺伝子組換えや放射能の問題などに対して何かしらの考えを持っているかと思うんですが、専門家ではないからあまり意見を言えないぞ、みたいな遠慮のようなものがありますよね。科学的な根拠がないから、感情的だから、といった理由で意見を引っ込めてしまう。だけど、実際には最先端のテクノロジーが登場すると、「すごいことになる!」っていう希望と、「ここから何が起こってしまうんだろう」という懸念や嫌悪感のようなものが生まれます。Hope & Fearといったものが。
 そのときに、科学者が言っていることをわかりやすく噛み砕いてみんなで共有することよりも、私たちが感じている懸念や感情的な嫌悪感などを科学者たちと共有し、ネガティブな視点はどこから生まれるのかを見つめ直し、そこからポジティブなコンセプトを生み出したいというのが根底にあります。そのために、いかにたくさんの意見を誘発するか。それが私にとっては重要なんです。

インタビュアー:中島 良平
協力:寺本 誠、丸山 顕

福原志保

福原志保
2001年、セントラル・セント・マーチンズのファインアート学士過程、2003年ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのインタラクション・デザイン修士課程を修了。ゲオアグ・トレメルとともに英国科学技術芸術基金のパイオニア・アワードを受賞し、バイオプレゼンス社をロンドンで設立。2007年より活動拠点を日本に移し、アーティスティック・リサーチ・フレームワークBCLを結成。2015年9月から2016年3月にかけて、金沢21世紀美術館で『Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊』展を開催。ヴォーカロイドの初音ミクの遺伝子と心筋細胞を展示して話題を呼んだ。現在は、『Project Jacquard』(2016年カンヌライオンズ グランプリ受賞)にも参画するなど、Googleの社員として仕事に携わり、並行して早稲田大学理工学術院 電気・情報生命工学科でバイオの研究と制作を行っている。