レナウンが一世を風靡
No.14「イエイエ」〜No.15「レナウン娘」
司 会:「イエイエ」で一気に日本のコマーシャルが花開きましたね。
中 島:はい。アニメーションとかグラフィックのセンスが普通の平面の世界と違いなく出てきています。しかも当時のアートの流行をサイケデリックに加えているでしょう。
小田桐:僕は個人的にはあまり驚かなかったけど、たしかにインパクトを与えました。レナウンの広告は、この「イエイエ」を境にして、新しい勢力として世の中を席巻してきました。同時に、CMが独立したエンターテインメントとして世の中から認められるキッカケにもなったCMです。イエイエ「以前」と「以後」っていわれています。
司 会:キーマンは誰でしたか?
小田桐:電通の久本省二。それとレナウンの宣伝の今井和也さん。それからもっといえば小林亜星さん。そしてイラストは小林亜星さんの妹でレナウンの宣伝部にいた川村みづえさんです。その関係でレナウンと小林亜星さんと久本さんという制作集団ができました。資生堂、明治製菓が日天というように、レナウンと電通と当時の電通映画社(電通テック)という関係ができました。
No.16「ビューティーケイク」〜No.30「あんた松下さん?」
中 島:このへんはだいたい全部覚えています。いまになってもこれだけ覚えているということはそれだけインパクトがあったということでしょうね。
小田桐:ここで高杉治朗さんが出てきていますね。治朗さんの持ち味は「カール」のようなユーモアなんですね。「水虫出たゾ」の「ハイポリック」は治朗さんのイラストなんですが、「なんてうまい奴だ」と思いました。
「パイロットはっぱふみふみ」は、僕がリストアップしました。というのも、この頃、われわれは誰が見てもわかる広告の技法を目指していました。しかしこのパイロットはむしろ理解させない、何をいっているのかわからないというところがコミュニケーションになっている。
カナダのマクルーハンという学者が「テレビという新しいメディアが人間の感覚をも変えていく」といっていましたが、「はっぱふみふみ」はそれを作品で証明してみせましたね。
アメリカでは到底クライアントを説得できません。18金というのはわかるけど、それ以外、何をいっているのかわからない。マーケティング上の科学的な根拠なんてどこにもありません。日本でしか出てこれなかったものですね。
しかし基本的にはそこなんですね。つまり論理的に組み立てられた説得回路ではなく、直接・感覚的なもので、そういった論理を飛び越えたコミュニケーションなんです。これ以後、よくわからないものがたくさん出てきますが、そのはしりです。実際、これはよく当たりました。

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