ACCの活動

TOP > ACCの活動 > 委員会 > 第2回「クリエイターズ殿堂」

第2回「クリエイターズ殿堂」

岩本 力 氏

<選考理由>

現在も「ハット」で現役ディレクター。「レナウン・イエイエ」「味の素ハイミー」「エチケットライオン・おデコ篇」」など。庶民的で明るくハッピーな作風は、多くの人たちに親しまれ、草創期より現在までヒットCMを長年にわたって量産し、日本のCMを「愛するべきもの」として人々に認めさせた。また、カンヌをはじめ、海外でも数多くの入賞を果たし、日本のCMの質を世界に示した。

<プロフィール>

東京生まれ。1966年アニメーションを学んだ後、CM演出に転向。演出2 本目のレナウン「イエイエ」でACCグランプリを受賞。同年、(株)キャップを設立。後、(株)ハットと社名を変更。現在、ハット名誉顧問、企画演出。ヒューマンタッチCM、アニメーションCMが得意。CM界の巨匠。ACCグランプリ4本、テレビ広告電通賞、フジサンケイ広告大賞等グランプリ多数受賞。他に、カンヌ、IBA、クリオ、アジパシ等で多数受賞。全受賞本数221本。ACC2000年記念データACC賞獲得演出部門第一位105本。殿堂入り作品5本。レナウン「イエイエ」、味の素ハイミー「いもがらぼくと」、テクニクス・カセットテープ「ドミノゲーム」、パナファクス「愛 静けさの中に」、スーパーニッカ「魚図鑑」。

小田桐 昭 氏

<選考理由>

第3回ACCテレビ部門第一位、ACC賞グランプリ、全日本フィルムCM大賞など、1963年から1989年まで毎年ACC賞を受賞。テレビ広告黎明期から日本経済の高度成長期を経て現在に至るまで、長年にわたり、わが国を代表する広告主のCM制作に携わり、その間、共働作業を繰り返すことで多くの後輩クリエイターを育成、日本のCMの質の向上に貢献した。選考委員の強い推薦で、今回殿堂入りとなった。

<プロフィール>

CMプランナーの第一号。1961年に金沢美術大学商業デザイン科(現・視聴デザイン科)を卒業し、同年、電通入社。2003年「外資から日本の広告を変える」と電通を退社し、2012年3月までオグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパンでCCO、名誉会長を歴任。1963年服部時計店セイコースポーツマチックのCMで第3回ACCテレビ部門第一位、1975年松下電器トランジスタラジオクーガでACC賞グランプリを受賞。1982年東京海上火災保険「ビリヤード・危険がいっぱい」で全日本フィルムCM大賞。1983年日本国有鉄道「フルムーン夫婦キップ」でACC賞を受賞。2010、2011年ACCラジオ部門審査委員長。主な仕事:国鉄、松下電器産業、資生堂、TOYOTA、サントリー。

桜井 順 氏

<選考理由>

演出家の杉山登志氏と組んで、資生堂のCM音楽に深く関わった。メロディ作家というよりは「音楽をデザインする」という点で他の作曲家たちとは決定的な違いがあった。シャープでモダンで、そして映像を理解し際立たせるという意味でまさしく「CM音楽家」であった。ACC入賞も200本以上。才人で、「能吉利人」というペンネームを持つ詩人でもある。

<プロフィール>

作詞・作曲家。1934年東京生まれ。本名桜井峯夫。慶應義塾大学経済学部卒。商社勤務1年の後、三木鶏郎氏の「冗談工房」に参加。ラジオ・コント書きから始まって、NHK「若い季節」などTV番組の音楽担当。1964年独立して事務所《BRAIN-JACK》設立、杉山登志との「資生堂」などCM中心に活動。現在までに約3000本制作。その他「黒の舟歌」など野坂昭如のゲリラ歌を書き、90年代後半には、野坂、永六輔、小林亜星の「世直しトリオ」の作・演出を務める。現在、同人サイト「週刊てりとりぃ」でアニメーション作家古川タク氏とコラボ展開中。著書:CM詩集「毒」思潮社・刊、エッセイ「オノマトピア」岩波現代文庫・刊、小説 「日の丸病院」話の特集・刊など。

故・藤井 達朗 氏

<選考理由>

「博報堂にフジイあり」と言われた伝説のプランナー。「あんた松下さん」「どん兵衛」「少し愛して長く愛して」など、人情味とユーモア溢れるCMは、多くの人たちに愛された。ありあまる才能を残したまま、早逝した。

<プロフィール>

元博報堂クリエイティブディレクター。1937年大阪府生まれ。京都・嵯峨スタジオを経て、1963年博報堂大阪支社に入社。松下電器(現・パナソニック)などのヒットCMを数多く手がける。1979年東京に異動後も、女優・大原麗子を起用したサントリーレッドや山城新伍・川谷拓三コンビの日清どん兵衛をはじめ、資生堂、永谷園など人間味あふれる名作を次々と制作。ACC賞受賞多数。また、絵コンテにも定評があり、温かく面白く可愛く哀しい「藤井のコンテ」に魅入られた広告関係者は多い。

故・松尾 眞吾 氏

<選考理由>

電通映画社の企画・演出家として、電通のラジオテレビ企画制作局とともに、テレビCMの草創期を切り拓いた。「レナウン・イエイエ」「ダーバン」など歴史に残る仕事をしたが早逝した。電通映画社の名実ともにリーダーで、川崎徹氏など数多くの演出家を育てた。杉山登志氏と並び称される。

<プロフィール>

昭和10年、東京杉並生まれ。昭和26年、埼玉県浦和高校入学。昭和29年、日本大学芸術学部映画学科入学。昭和33年同校卒業後、㈱電通映画社入社、企画部脚本課に配属。PR映画脚本に従事し、2年後にCM企画演出を手掛ける。昭和35年、西武百貨店TVCM「今週の西武」企画演出。レナウンの一連の仕事では、国内外の数々の広告賞を受賞。特にレナウンのワンサカ娘やアランドロンを起用したダーバンのCMは、長年お茶の間を賑わせた。他にも、トヨタコロナの「トゥイッギ―」やライオンホワイト&ホワイトの「里織の新しい歯」、グリコアーモンドチョコレート「アーモンドの雨が降る」など、ACC賞を数々受賞した。昭和55年、電通映画社の常務取締役に就任。映画社プロパー役員の初登場に期待されたが、昭和59年7月19日、宿泊先のホテルで倒れ、帰らぬ人となった。亨年49歳、惜しまれる早逝であった。

【第2回クリエイターズ殿堂 選考委員】

選考委員長
小田桐昭(小田桐昭事務所)
選考委員
杉山恒太郎(ライトパブリシテイ)宮崎晋(博報堂)坂田耕(マッキャンエリクソン)岡田髙治(太陽企画)