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第1回「クリエイターズ殿堂」

杉山 登志 氏

<選考理由>

テレビ創生期から数多くのテレビCMを制作し、日本のテレビCMをリードしてきた。また国内外の賞を数多く受賞。彼の存在によりCMの質は飛躍的に向上したと言われている。美しさだけではなく、人間の機微を描くストーリーテリングにも秀でており、他の追随を許さなかった。

<プロフィール>

CMディレクター。1936年生まれ。本名は杉山登志雄(すぎまとしお)。1955年日本大学芸術学部美術学科に入学。1958年に、日本天然色映画株式会社に入社し、テレビ草創期から数多くのテレビCMを制作し、国内外の賞を数多く受賞。杉山グループ(杉山組)と呼ばれるスタッフ集団を結成し、その中から後のCM界を担う才能を多数輩出した。「資生堂ファッションベイルサイコロ(1963)」(第10回国際広告映画祭銀賞、第3回ACC賞会長賞)、「日産自動車フェアレディ2000(1967)」(第6回アジア広告会議グランプリ、第11回国際TVCMフェスティバル劇場部門銅賞)などACCで受賞多数。

堀井 博次 氏

<選考理由>

電通関西支社に所属し、「関西電気保安協会」「金鳥」などのユニークでインパクトの大きい作品を制作、特に「ハエハエカカカ」「チャップイチャップイ」「亭主元気で留守がいい」など、コトバのセンスが光るヒットCMを生み出した。また、数多くの「堀井組」といわれる俊才を輩出した。

<プロフィール>

元電通関西支社クリエーティブ・ディレクター。1937年京都生まれ。同志社大学卒業。松下電器(現・パナソニック)のCM制作を皮切りに、関西電気保安協会、金鳥など、ヒットCMを手がける。他に、三田工業、ミスタードーナツ、朝日新聞など話題作多数。ACC賞では、1995年に公共広告「震災支援・井戸水」で郵政大臣賞(グランプリ)、1991年に金鳥ゴン「自転車」で、1992年ダスキン・コールセンター「双子のおばあちん」でそれぞれ全日本スポットCM大賞を受賞するなど、1966年~1995年の間に94本(テレビ91本、ラジオ3本)を受賞している。

三木 鶏郎 氏

<選考理由>

日本で初めてコマーシャルソングを作ったと言われ、CMの創生期を常にリードしてきた。数多くのCMソングを生み、多くの人たちに口ずさまれた。TVCMと人々をいち早く結びつけた功績は大きい。トリロー門下生には、いずみたく、永六輔など、テレビ文化を拓く、多くの才能も輩出した。

<プロフィール>

作詞・作曲家。1914年東京生まれ。本名は繁田裕司(しげたひろし)。東京帝国大学法学部法律学科卒業。戦後、焼け跡の歌「南の風が消えちった」を作り、1946年、NHKラジオ『歌の新聞』に出演。1951年、民間放送開局にあわせ、日本初のコマーシャルソング「僕はアマチュアカメラマン」を発表。「ミツワ石鹸」「るいナショナル」「キリンレモン」他数多のコマーシャルソングを送り出し、コマソン全盛時代を築いた。テレビ、ラジオ、舞台、映画など幅広く活躍。文部大臣賞奨励賞、民放賞、正力賞、芸術祭奨励賞、日本レコード大賞「特別企画賞」など受賞。

【第1回クリエイターズ殿堂 選考委員】

選考委員長
小田桐昭(オグルヴィー・アンド・メイザー・ジャパン)
選考委員
杉山恒太郎(電通)宮崎晋(博報堂)坂田耕(アサツーディ・ケイ)岡田髙治(太陽企画)