広告業界で働きはじめて3年目、テレビCMを担当している。想像していた華やかさとは裏腹に、仕事に忙殺される毎日である。

 2日ぶりにマンションに帰ると、部屋の様子がなんだかいつもと違っていた。なんとなく広くなったような、そのぶん気温が低いような、、、。

 ステンレスの流し台に置いた、ホーローのカップに目がとまる。

 仲良く2本、差さっていたいたはずの歯ブラシが1本。

 すっかり片付けられた僕の部屋、2年間一緒に暮らした彼女の荷物が消えていた。CDラックからは、ごていねいに彼女のお気に入りが全部抜き取られている。僕が買ってあげたのもない。ベッドの上にはきちんとたたまれた僕のTシャツ。 「冷静に、、、冷静に、、、」

 呪文のように繰り返す僕の目の前、ガラスのテーブルの上に彼女からのメモ。

「ちょっとだけ、待っているのに疲れました。」

 2人で行った東京タワー。そこで彼女がみつけて買った、二宮金次郎のちいさな置き物が、メモの上に重し代わりにのっけてある。

しょっているのは、、テ、テレビ?僕をゆっくりと見上げ、ニヤリと笑う二宮金次郎、、、。

なな、なんなんだ?

僕は驚いて、後ずさりする。

 一瞬のことだったような気がする。目をこすると二宮金次郎は、なんの変哲もない普通 の置き物に戻っていた。

 2000年7月、僕は腹をくくった。これからも僕は、広告とともに生きていく、、、。